インタビュー:野口まさ氏(3)
更新日: 2026-03-22
職場の知り合いから、カナダのつてを紹介され、1989年にカナダのブリティシュ・コロンビアに行った。そこに数週間ホームステイをされてもらった。そこで、ぼろぼろのボルボを400ドルで買って、修理をしようと思ったが、修理の仕方を知らないので、図書館でマニュアルを借りて勉強した。ボルボに乗って、食事と住むところを提供してくれるボランティア活動を探した。そしてライオンズクラブが運営する身体の障碍を持つ子供たちの施設、イースター・シール・キャンプ・スコーミッシュで仕事を見つけ、その施設で、1年半くらい大工の助手をしてボランティアをした。その時、皆から「まさ」と呼ばれるようになった。ボルボの修理の仕方を勉強するために図書館通いを続けていたが、その図書館では日本語を教えていたけれど、その先生が夜逃げして、日本語を教える人がいなくて困っていたらしい。図書館の人から「お前、日本人か?」と聞かれ、日本語教師の話を持ち掛けられたが、「ティーンエージャーで、日本語を教えた経験がないだから、あまり教えられない」と言ったが、日本人なら教えられるだろうと言われた。お金ももらえると言うことなので、週に一回水曜日の夜は日本語教師をして、月曜日から金曜日までは朝8時から夕方4時まで、大工仕事をした。大工仕事をしているうちに建築に興味を持った。建築というのは、住む人のライフスタイルを表し、人生を変えるものだと思った。英語だけ勉強していても食べていけないので、建築家になりたいと思い始めた。そのためには大学に行く必要があった。そのため21歳のころ、カナダから日本に帰ってから、皆から笑われながら受験勉強を始めた。著作権所有者:久保田満里子






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