インタビュー:野口まさ氏(4)
更新日: 2026-03-29
受験勉強はそれほどつらくなかった。というのも、たとえば小学一年生の子にとって「一足す一は二」というのは理解するのが難しいかもしれないけれど、小学6年生になったら、簡単なことだ。それと同じで、16歳頃に難しかったかもしれない勉強も、それほど難しく感じなかった。ただ大学に行くのはお金がいる。それから4年間、受験勉強とお金を貯めることをはじめて、1千万円貯金をした。荏原製作所の子会社に契約社員として就職。その間中国にも半年行ったりした。破面の解析と言う特殊な技術を持っていたので、重宝された。その時は中国語を勉強して片言に話せたのだけれど、今は全然しゃべれない。24歳で工学院大学建築学科に合格し、入学した。日本の大学では、120単位を取得する必要があったが、勉強する科目の数はいくつとっても年間に払う授業料は変わらないので、150単位程度を取った。都市計画の科目に興味が持てなくCを取ってしまったので、それがネックになって一位にはなれなかったが、1160人の中でトップ3に入る成績を取った。
カナダ政府から年に三人くらい奨学金が出たが、それをもらうことができた。その前は、どの国の大学の大学院に行こうかと悩んでいたが、カナダのマギル大学で奨学金がもらえ、マギル大学の大学院に入った。そこは、アーサー・エリクソンと言う有名な建築家が出た大学だった。そこで、修士号を取るつもりだったが、その前年から博士課程も出すことになった。修士課程の勉強をしていると、その研究が面白くてたまらず、研究にはまった。アビー・フリードマンと言う、支払い可能なアファーダブル住宅の建築界のトップの研究者と、彼の先生、コリン・ダビッドソンと言うモントリオール大学の先生に、自分の指導教官になってもらうことになった。つまり、ぼくのアカデミックの親とおじいちゃんが指導教官になってくれた。そして博士課程を目指すことになった。素晴らしい建築の研究者に囲まれて、修士課程を終えて、博士課程も終えた。その時、モントリオールにいたが、マギル大学では英語の授業だったが、モントリオールはケベック州にあり、モントリオール大学ではフランス語で授業をうけることになったので、一年間モントリオール大学のフランス語のクラスに通って、フランス語を勉強した。そしてモントリオール大学で一教科、自分の先生コリン・ダビッドソンが教えている工業化住宅と言う科目を、どうしても取りたかったので、その科目をフランス語で取って合格した。カナダでは一つの大学に入っていると、ほかの大学にも行けるので、コンコルディア大学でも経済分析とプロジェクト・マネージメントを勉強した。
著作権所有者:久保田満里子






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