行方不明(13)
更新日: 2010-04-27
お葬式から帰ってみると、何もかもが空っぽに見えた。ジョンの存在が大きなものになっていたのを今になって気づいた。ジョンは最後に何を話したかったのだろうか。多分結婚のことだろうが、こんなことになるのなら、イエスと言っておけばよかったのにと悔やまれた。
それから一週間後、ジョージから会いたいと電話があった。ジョージのうちは、静子のうちからさほど遠くなかった。その日は天気も良かったので、電車で行くことにした。電車で4つ目の駅で降り、地図で調べた方向に歩いた。道の両側には、一またぎすれば乗り越えられそうな低いレンガの塀のうちが立ち並びんでいた。どのうちもきれいに芝生の手入れがしてあり、塀に沿って花壇が作られ、赤や黄色のさまざまな色の花が咲き乱れていた。それを見ると、それぞれの家の持ち主の家に対する愛着の程が窺えた。ジョージの家は赤いレンガ造りの平屋だった。小さな窓の窓枠は濃い緑色で塗られていた。鉄格子の小さな門を開けて入っていくと、ドアに続く小道があった。前庭の芝生はきれいに刈られていた。玄関の呼び鈴を押すとすぐにジョージが出てきた。通された客間は表通りから見れる家のイメージと違って、大きなスライドガラスのドアが部屋の一面を占め、芝生とプールのある庭がきれいに見渡せる明るい部屋だった。
ジョージは裏庭に出て、プールのそばにある大きなびわの木のところに静子を誘った。
「これはジョンが子供のときに植えた木なんですよ。こんなに大きくなりました。ジョンの灰はこの木の根元にばら撒きましたよ。」
そう言われると、その5メートルの高さはあると思われるびわの木が神聖なもののように思え、細い幹をそっと撫でてみた。
客間のソファーに身を落ち着けた静子に、ジョージは
「今日来てもらったのは、ジョンの交通事故の結果が警察から知らされたので、静子さんに心当たりがあるかどうか、お聞きしたいと思いましてね」と口を切った。
「あの日はジョンから電話がかかってきて、話したいことがあるということでした。それで、うちで待っていたのですが、あんなことになってしまって」
「どんな話かお聞きになりましたか?実は、警察からジョンはお酒も飲んでいなかったし、どうして歩道につっこんだか、分からないということだったので、もしかして、静子さんと喧嘩か何かして気が動転していたのかと思いまして」
「そんなことは、ありませんよ」
静子は強い口調で否定した。
「目撃者もいないので、捜査が行き詰っているということなんですが」
「そうですか。でも、私もジョンがどんな話をするつもりだったか、見当がつかないんです。一つだけ思いつくことは、ジョンからプロポーズらしきものを受けていたので、そのことに関してかなとは思いましたが」
「そうですか。ジョンはあなたにプロポーズしていたんですか。それで、静子さんは承諾したのですか。」
「いえ。お聞きのこととは思いますが、私の夫のトニーは1年前に失踪して行方が分からないのです。ですから、夫が見つからない今、たとえジョンさんと結婚したいと思っても、できない状態ですから、お返事はしていませんでした」
「そうですか。静子さんはご主人がいたんですか。それは知りませんでした」
「私はジョンの交通事故の原因は私だとは思えないのですが。」
「そうですね。いえ、気を悪くしないでください。別にあなたが交通事故の原因だったなんて思っていませんから。ただ、どうしてあんな事故をおこしたのか不思議だったのです。警察も飲酒運転とか麻薬による運転ミスではないことが分かったけれど、目撃者がいないので、原因が分からないということなので、あなたの話を聞きたかったのです」ジョンに似て、温和そうなジョージは物静かに言った。
「家内を2年前に胃がんで亡くして、ジョンと二人で暮らしていたのですが。長生きはしたくないものです」と、溜息をついた。
ジョージの家から帰ってくると、ジョンの死が事故死でないように思われ始めた。しかし、ジョンを殺したいほど憎む人物がいるとも思えなかった。 トニーがよく行く森と言うのを聞こうにも、聞く相手がいなくなってしまった。こうなれば、何とか自力でその森を見つけなければいけない。
その晩またジョンの夢を見た。また森の中だったが、今回は昼間で森の中は明るかった。いつものように追いかけていくと、湖が見えた。見失いそうになると、湖のそばの小道に立ち止って、トニーはおいでおいでをしていた。こずえの間から漏れる日の光が風とともに揺れて小道を照らし、ちらちらと目に痛かった。湖の遠くに船着場のようなものが見えた。そこにはレジャー用に使われる貸しボートが3艘つながれていた。そこで、目が覚めた。目が覚めるとすぐに身を起こして、そばにあったメモ帳に書き記した。
「湖、湖に並行して走る小道、3艘のレジャーボートがつながれた船着場」
今回の夢で、もっと手がかりになるものが増えた。
著作権所有者:久保田満里子
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