行方不明(20)
更新日: 2010-06-13
姑は全部を見終わって、ため息をつきながら、「わかんないねえ。あの頃トニーは仕事が忙しいと行ってほとんどうちに戻ってこなかったし、戻ってきてもぺらぺら自分のことをしゃべる子でもなかったからねえ」と言った。
「そういえば、トニーはメルボルン大学で日本語を勉強していたんですよね。メルボルン大学の日本語の先生がトニーと仲の良かったクラスメイトを覚えているかもしれませんね。」
「そうかねえ。トニーが大学を出たのは7年も前のことだよ。トニーを教えていた先生がもういないかもしれないし、いたって、学生を覚えているなんて考えられないよ」
「でも、それしか方法が考えられませんよ。私、メルボルン大学の日本語科に問い合わせてみます。」
早速静子はインターネットでメルボルン大学の日本語科の主任のメールアドレスを探し出し、メールで問い合わせてみた。翌日返事が戻ってきた。
「お問い合わせのトニー・ジョーンズさんのことですが、私は教えた覚えはありませんが、同僚の橋本美智子が教えた記憶があると言っています。橋本は今週の金曜日ならお会いできると言っています」
静子はこれで何かをつかめる突破口を見つけた思いで、胸が躍り、金曜日が待ち遠しかった。
金曜日の朝、約束の10時に出かけていくと、橋本は自分の研究室で待っていてくれた。
「私はトニーの妻の静子と申します」
「橋本です。トニーが日本に行ったのは知っていましたが、日本人の奥さんをもらったとは知りませんでした」と40歳代に思われる橋本は微笑んだが、すぐに真剣な顔に戻り、「トニーが殺されて骨になって発見されたと聞いて、驚いています。ご愁傷様です」と挨拶をした。
「どうも」
「トニーを殺害した犯人を見つけるお手伝いができれば嬉しいんですが。トニーはとても真面目で優秀な学生でしたから、よく覚えているんですよ。いつも前の席に座って、少しでも分からないことがあると聞くんですが、時々鋭いことをついてくるので、こちらが冷や汗をかくことがありました。今日は、どんなことをお聞きになりたいんですか」
「トニーがクラスで親しくしていたクラスメイトはいなかったか、お尋ねしたいと思いまして」
「トニーと親しかった学生ねえ。」
橋本は記憶の糸をたどるように、目を細めて考え込んだ。それは1,2分のことかったかもしれないが、静子には永遠に感じられた。
「そういえば、トニーはいつもポールと言うオーストラリア生まれの中国人と一緒に座っていましたね。ポールのフルネームはちょっと覚えていないんですが。どうして思い出したかと言うと、クラスでは中国人は中国人でアングロサクソン系はアングロサクソン系で固まって座ることが多いので、トニーとポールのようなコンビはちょっと珍しかったんですよ」
「その人のフルネームと連絡先は分かりませんか」
「フルネームはすぐ分かると思います」と言って、ファイリングキャビネットから古い名簿を出してきた。
「ポール・ジェイハン・フアングですね」と名簿を見ながら答えた。その名前をメモに書き写させてもらった。
「今どこにいるか、ちょっとわかりませんね。もしかしたら大学の卒業生の会に入っているかもしれませんが、ちょっと住所は教えてくれないでしょうね。個人情報は他人に教えてはいけないことになっていますから。」
「そうですね。トニーの友達の名前だけでも分かれば、何かのてがかりがつかめると思います。ありがとうございました」
自分の手で調べられることは限界にきたと感じた。
静子の夢の話を鼻で笑うような態度のエリック刑事に、自分の考えたことを話すのは気がすすまなかったが、エリック刑事に話す以外手がなかった。
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