Logo for novels

もしも、あの時(5)

携帯をかけてきたのは、ケビンだった。
「新聞を読んだか?」と沈んだ声が聞こえた。
「今読んだところだ」
「自首するしかないな」
長い沈黙が流れた。そしてやっとポールは「そうだな。自首しよう」と答えた。
それからは仕事をする気にはなれなかった。銀行を早退して、自首しよう。それしかない。
「それじゃあ、昼過ぎにお前のうちに行くから、待っていてくれ」と言って、ケビンは電話を切った。
ポールは上司に気分が悪いので早退したいと申し出た。ポールの青白い顔を見て上司はポールの嘘を疑いもせず、「お大事に」と部屋を出て行くポールの後姿に、声をかけた。
うちに帰ったものの、両親にこのことを黙っている訳にはいかない。まず会計士をしているジーナに電話した。詳しい事情を電話で言う気にはなれなかった。ただ、事情があって、警察に行くことにしたからとだけ言った。当然ジーナはポールが何をしでかしたのか、詳しい事情を聞きたがった。
「今どこにいるの?」
「うちだよ」
「じゃあ、今から私もうちに帰るから、警察に行くのはまだ待ってちょうだい。お父さんには連絡したの?」
「まだしてないよ」
「じゃあ、私から連絡しておくわ。いいわね。待ってなさいよ」と強い口調でポールが早まって警察に行くのを戒めて、ジーナは電話を切った。
警察に行くには、何を持っていったら良いのだろう。そのまま留置所にいれられてしまうんだったら、着替え等もいるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながらソファーに腰掛けていたら、ジーナが帰って来た。
「一体どうしたって言うのよ?」帰ってくるなり、ジーナはポールの前に立ちはだかって、問い詰めた。
ポールは仕方なく、ぽつりぽつりと今までの経緯を話したが、聞き終えたジーナの顔はまっさおになっていた。
「それじゃあ、あなたがその男を殺したと言うの?」
ポールは黙って頷いた。
「弁護士を探さなくては。お父さんに優秀な弁護士を探してもらうわ。大丈夫よ、きっと」と言うとすぐに父親のマークに連絡を取った。
それから30分後、父親も血相を変えてうちに帰って来た。
「なんてことをしたんだ。」
それはポールも自分に何度も言った言葉だ。
「ともかく会社の弁護士に刑事犯罪専門の腕のいい弁護士を紹介してもらうように頼んだから、警察へはその弁護士と一緒に行け」と言った。ポールはうなだれたまま、黙って頷いた。
それから20分後にケビンがやって来て、それから1時間後、マークの会社の弁護士から紹介されたという刑事犯罪専門の弁護士がやってきた。その弁護士はスティーブ・ホワイトだと自己紹介した。スティーブはポールとケビンから詳しい事情を聞きだした後、二人につきそって、近くの警察署に出頭した。
殺人犯が自首して来たと言うので、対応した警官は緊張した面持ちで、事件担当の刑事に連絡した。取調室にまずポールが呼ばれた。

著作権所有者:久保田満里子

コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-04  >
  01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー