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EMR (12)

理沙は逸る気持ちを抑えながら、ハリーに電話した。呼び鈴が永遠に続くかと思われるほど鳴って、やっと出てきたハリーの声は、眠いところを起こされたようで不機嫌そうだった。
「ハリーだ」
「ハリー、理沙です」
「ああ、理沙か。こんなに朝早く、どうしたんだ」
「今朝EMRを使って調査していたら、テロ爆弾の計画をしている男の心の声を聞いてしまったんです」
「えっ?何だって」
 ハリーはいっぺんに眠気が吹き飛んでしまったようだ。
「で、その男の名前は?爆弾テロの計画の詳細は?」
 矢継ぎ早に質問するハリーに、苦笑いしながら、
「それが、全然分からないんです。でも、その男の勤め先は、今尾行して突き止めました。警察に連絡したほうがいいでしょうね」
「警察?それは、ちょっと待ってくれ」
「どうしてですか?」
「まだEMRの特許も取っていない段階で、EMRのことを公表されると困るんだ。でも、警察には知らせなければいけないと思うから、警察には僕も一緒に行くよ」
「そうしてもらえれば、私も心強いです。今から仕事に行こうと思ったのですが、それどころじゃないですね。会社には病気で休むと連絡しておきます。」
「警察の本部は確かセントキルダにあったと思うから、メルボルンセントラル駅で落ち合って、一緒に警察に行こう。行く前に打ち合わせもしておきたいからね。一時間後に会おう」
「分かりました」
 理沙は会社に、今日は頭が痛いので休むと連絡を入れた。まだ勤め始めて一週間も経たないうちに病欠を申し出るのは、気が咎めた。理沙は会社への電話を切った後、大変なことに巻き込まれたと、興奮と怯えの入り交じった複雑な気持ちになっていた。
 リッチモンド駅から電車に乗ると、電車は地下に潜って行き、メルボルン・セントラルの駅には十分足らずで着いた。約束の時間までかなりあったが、自分の頭を冷やすため、近くのカフェでコーヒーを飲んだ。
 一時間後、ハリーは約束どおり現われた。慌てて家を出てきたようで、髪がぼうぼうで、ひげも剃っていない。顔を洗ったかどうかも怪しい。
「警察に行く前に、打ち合わせをしたほうがいいと思うから、ちょっとコーヒーでも飲みながら話さないか」
 理沙は、さっきコーヒーを飲んだばかりなのにと思いながらも、ハリーに誘われるままカフェに入り、ハリーに、今朝起こったことを手短に話した。
「そうかあ。それはびっくりしただろう。どんな男だったんだ?」
「アラブ系の中肉中背のがっちりした感じの若者でしたよ。きっと二十歳前後だと思います」
「で、決行日は分かっても、何時にどこを爆破するかまでは分からないんだね」
「ええ」
「でも、その男の居所が分かったんだから、警察にその男を逮捕してもらえばいいわけだね」
「ええ」
「ただし、どうして、そういう情報を手に入れたかというのを説明するのが難しいな。勿論EMRのデモをしてみれば分かることだけど、電話でもいったように、僕としては特許をとるまでは、あまり他人に知られたくないんだよ。EMRのことを知られないようにして、その男を逮捕してもらう方法はないかなあ」
 ハリーは思案顔で言った。
「よくオーストラリア政府がテロの情報を密告してくださいとテレビで宣伝していますよね。こちらの名前を知らせないで、不穏な動きがあるとだけ密告したらどうでしょうかね」
「そうだな。わざわざ二人で警察に行く必要はないな。でも、その男は『ジーンズ・オンリー』と言う店で働いているらしいくらいの情報では、ちょっと弱いんじゃないか。その男の名前だけでも、知りたいな。理沙は、その男から、何の疑いも抱かれていないんだから、今からその店に行って、名前だけでも確かめてから、それから電話したほうがいいな」
「どうやって、名前を確かめるつもりですか」
「デートしないかと、誘ってみたら」
「冗談じゃありませんよ。私、役者じゃないんですから、そんなことできるはずないでしょ」
 ハリーは理沙が急に怒り出したのを興味深そうに見て言った。
「理沙は、自分から男を誘うって言うのは、みっともないって思っているんじゃないか」
言われている意味が分からなくて、理沙はキョトンとしてハリーを見た。
「そんなに怒ることじゃないだろ?今の君は、『そんなこと、たとえお芝居でも私のプライドが許さないわ』って顔をしているよ」
 理沙は、ハリーが理沙の心をまるで見透かしたように言うので驚いて、顔を赤くした。
「この人、EMRなしでも、他人の心が読めるのね」と思うとおかしくなり、自然と顔の筋肉が緩んだ。


著作権所有者:久保田満里子

コメント

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本当にめちゃめちゃ楽しかったです

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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