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私のソウルメイト(26)

 うちでは、ダイアナがコンピュータの前に座って、何かレポートを書いていた。
「何書いてるの?」と聞くと
「大学の政治のレポート。国とは何かって言うもの」とダイアナは素直に答え、私は少しほっとした。いつものとげとげしさは消えていた。
「へーえ、難しいことを勉強しているのね」
「うん。でもおもしろいよ。皆自分の国に対して愛国心を持っているけれど、実はそれは政治的に作られたもので、政府によって利用されるって言うことよ」
「ふーん」私は余り政治には興味がなかったので、それくらいで話を切り上げたが、少なくともダイアナと感情的にならなくて話せたことは嬉しかった。
金曜日の夜は大体ダイアナはエミリーと出かけてうちで晩御飯を食べることはなったが、その晩は金曜日の夜にしては珍しく家族三人揃って夕食を食べた。晩御飯はいつものように、ステーキとサラダだったが、ダイアナが「私明日からベジタリアンになるから、もうステーキなんか焼かないでよ」と言い出し、アーロンも私もあっけにとられた。
「どうして、急にそんなこと言い出すの?」
「今日ね、政治のクラスで肉食がいかに効率が悪いか、習ったのよ。動物を食用とするために必要な水って、植物に必要な水の何万倍もいるんだって。そんな効率の悪いものを食べるより、植物だけを食べることにするわ」
「だって、あんた、あんたの好きな野菜ってほとんどないじゃない。今まで肉しか食べなかったのに、本当に野菜と果物だけで大丈夫なの?」
「チーズとミルク、そして卵は食べるわよ。でも肉と魚はやめてよね」
デザートにバナナとアイスクリームを食べた後「ごちそうさま」とダイアナが席を立った後、アーロンと私は顔を見合わせた。
「全く最近若者の間で菜食主義がはやっているのは知っていたが、よもやダイアナが菜食主義を宣言するとは思いもしなかったな」
アーロンは、まだダイアナの言ったことが信じられないという顔をしている。
「レスビアンとか菜食主義とか、うちのダイアナは流行の先端をいくつもりかしら」と私は少々皮肉な気持ちになっていった。
「それに、野菜だけで料理を作れって言われても、私、菜食主義の料理なんて知らないわよ」
「まあ、いつまで続くか見ものだな」とアーロンも懐疑的であった。
次の日の夕食から私は困ってしまった。今までステーキとか鶏肉とか焼いて、野菜を味もつけないで煮るか、サラダをつけるだけの、典型的な簡単な洋式ですんでいたのに、ステーキの代わりに何を作ればいいのか分からず、次の晩はステーキの代わりに目玉焼きをつけたが、ダイアナは文句も言わずに食べた。
 日曜日は久しぶりにアーロンの両親のうちに行った。アーロンのお母さんの75歳の誕生日が近いので、今日はアーロンの両親を連れて海辺にあるレストランで昼食を一緒にすることになっていた。アーロンの両親のうちでは、ヒラリーと言う大きなシェパードを飼っており、犬の苦手な私は犬が近寄ってくると恐怖で体がこわばった。アーロンは私と違って大の犬好きで、両親のうちの犬の頭を撫でて「ヨー、元気か」と声をかけた。犬もアーロンが好きなようで、尻尾を振ってアーロンにじゃれついた。
 家の外で待っていると、姑がおめかしして出てきて、アーロンと私のほっぺたにキスをした。その後、舅が家から出てきて玄関の戸に鍵をかけた。クリスマス以来会っていなかった舅は、リューマチを患って足が悪くなったと言い、杖をついてゆっくり歩き、車に乗った。
「ダイアナはどうしてるの?」と姑に聞かれたが、
「元気よ。今大学の宿題が多くて大変みたい」と、当たり障りのない答えをした。実はダイアナはレスビアンだったなんて言えない。
「そうそう、ダイアナが急にベジタリアンになって、困ってしまってます」と付けくえると
「へえ。でもいいことじゃないの。肉食なんて動物を殺して食べることだからね」と姑が答えた。
「そういえば、お姑さん、前世療法の本ありがとうございました。とてもおもしろかったです。ああいった類の本が他にもあったら、貸してもらえますか?」と言うと、
「気に入ってもらって、よかったわ。ブライアン・ワイズの本ならたくさんあるわよ。帰りに持って帰るといいわ」と言ってくれた。
 レストランは海辺にあり、予約していたテーブルからは、ざわざわと波が砂浜に押し寄せては引き返す、単調だが心なごむ風景が、大きなガラス窓を通して見えた。
 姑は「ここは、老人には特別割引がきくのよ。だから私とお父さんはそのメニューでいいわ」と、60歳以上になるともらえるというシニアカードを出して、水を持ってきたウエートレスに見せた。
「今日はお母さんの誕生日だから、何でも好きなものを食べてくれればいいんだよ」とアーロンは言ったが、倹約家の姑は
「もう、たくさんは食べられなくなったから、老人用メニューでちょうどいいのよ。あんまり食べ過ぎると消化不良をおこしちゃうからね」と言って、結局老人用の昼食のメニュー、スープと、魚と野菜のメインディッシュ、そしてデザートに小さなケーキを注文した。
「私たち、今の家を売って、リタイアメント・ビレッジに移ろうかと思っているのよ」
「リタイアメント・ビレッジって言うと?」
「今の家は、庭が広すぎるのよ。庭の手入れをするのも最近は面倒になってきたからね。それに旅行をしようと思っても、家を空けるとなるとヒラリーもいるから、ヒラリーの世話を誰かに頼んで出かけなければいけないから、気楽に旅行にも行けないし」 
「それはいいかもしれないな」と、アーロンは賛成をした。
「ただ問題なのはヒラリーのことなの。リタイアメント・ビレッジではペットは禁止されているからヒラリーを連れて行けないし」
どうやら、我が家で飼ってほしいというような雰囲気になって、犬嫌いの私は警戒し始めた。
「うちで飼ってあげたいけれど、私は犬が苦手なので、だめだわ」と先手を打って言うと、姑は残念そうな顔をした。
「犬好きな人を探すことが先決だわね」と私は逃げをうった。
「ヒラリーも最近は年を取ってきて、病気がちでね。獣医さんに支払うお金も馬鹿にならなくなったわ。ペットの保険にかけようと思っても、年を取っているからだめだって言われて。だから人間様よりも医療費がかかるようになってしまったのよ」
「じゃあ、安楽死させたら」とアーロンが言い始めた。
「動物愛護協会に引き取ってもらったら、安楽死させてくれるよ」といとも簡単げにアーロンが言うので、思わずアーロンの顔を見てしまった。
姑もそれには、同意しかねる面持ちで、
「そんなこと、できないわよ。やっぱりヒラリーの最後を看取るまで、リタイアメント・ビレッジには入れない感じだね」とため息をついた。
「まあ、そのうちヒラリーを引き取ってくれる人がみつかるかもしれないよ」とアーロンは、暗くなりかけた話を救おうとするように言った。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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