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私のソウルメイト(28)

 翌日、すぐに京子のアパートに行った。すると、客間にテレビが一台増えていた。
「また、テレビ買ったの?」といぶかる私に「買ったんじゃないわよ。また懸賞であたったの」と京子はあまり感動した風もなく言う。
「あんた、600万ドルも持っていて、まだ懸賞に応募してるの?」
「そう。私の趣味ですもん。それに、ここで一人でいたって退屈で仕方がないのよ」
「クラブか何かに入ったらどうなの?」
「それも考えているんだけれど、最近お金がたくさんあるんだから、利子だけでも慈善事業に寄付しようかなと考え始めたの」
「それはいいことだわ」と私は賛同した。
「最近何かいいことあったの?今日はやけに浮き浮きしているわね」
長年付き合っている京子は、すばやく私のルンルン気分をレーザーでキャッチしたようだ。
「そう。きのう私の直属のボスに当たる人が昼ごはんを誘ってくれたんだけど、その人からいいこと聞いちゃったんだ」
「それ、ロビンに関すること?」
「あたり。ロビンはやっぱり独身なんだって」
「でも、あんた何ヶ月か前に奥さんと一緒のところを見たって言って、落ち込んでいたじゃない」
「私が奥さんだと思った人、社長の従兄弟だったんだって」
「へえ。それはおめでとう」と、京子は揶揄するように言った。
「だから、ますます今週の金曜日が待ち遠しくなってきたわ」
私はひとしきり京子とおしゃべりした後、うちに帰った。
 待ち遠しかった金曜日がやってきた。
 一度退行催眠を受けたので、一週間前に退行催眠に対して持っていた緊張感はなくなっていた。
マクナマラ先生の診察室の椅子に横たわり、また私は深く催眠された状態に陥っていった。
「あなたはアーロンに馬小屋で会ったところです。それから、どうなりましたか?」
「女中頭は私をアーロンの住んでいるお屋敷の領主様の奥様に面会を申し込みました。そこで、奥様のいらっしゃる部屋に通されました。奥様は、私のことをご主人様に聞いていらしたようで、アーロンと私の結婚式を明日にでも催す旨を承知してくださいました。その後、女中頭は帰って行き、私はその晩は、そのお屋敷のメイドたちと一緒の部屋に泊まらされました。そして、翌日は他のメイド同様、朝早く起こされ、朝ご飯の準備にこき使われました。私は、ロビンが恋しくて、絶えず涙をこぼしていて、その夕方には余りにも泣きすぎて、まぶたがはれ上がってしまいました。その晩、私はアーロンと結婚式をしたのです。結婚式と言っても、お屋敷の召使たちが集まって、いつも食べる少しの肉とジャガイモと野菜を食べ、アーロンのご領主様から差し入れされた少しのお酒を振舞って、私たちの結婚式は終わったのです。アーロンはその間、黙ったままでした。無理やり上流階級のお手つきのメイドを押し付けられて、憤懣やるかたなかったのかもしれません。私はきのうまで見も知らなかったアーロンとすぐに床を同じにすることはとても怖くて、その晩は布団の中でぶるぶる震えていました。驚いたことに、アーロンは私に向かって「今日は疲れただろ。早く寝ろ」と言って、私に背中を向けて、すぐに眠り始めました。私は、アーロンのそうした態度は少し予想外だったので、それがかえって不安を呼び起こし、その晩は一睡もできませんでした。アーロンは本当に無口な人で、ほとんど話をせず、もくもく仕事をしているだけの人でした。でも、お酒も飲まず、暴力を振るうわけでもなく、おとなしい人でした。だから彼が一体何を考えているのかまるっきり見当がつきませんでした。翌日の晩にはアーロンと夫婦の契りを結びました。でも、アーロンに抱かれているとき、私は目を瞑って、ロビンに抱かれていると想像して、耐えました。しかし、アーロンと一緒に暮らしているうち、私は段々アーロンに情がうつってきました。それは、きっと彼が優しい人だったからでしょう。アーロンと結婚して6ヶ月目に私はロビンの子を生みました。長くて苦しいお産でした。それもそのはずです。私は双子を孕んでいたのです。双子の赤ん坊が生まれた後、二人を抱いて、私は幸せでした。その双子、どこかで見たことがあります。ああ、分かりました。一人はダイアナ、そして、もう一人はエミリーではありませんか!あの子達がどうしてお互いに惹かれあうのか、その原因が分かりました。アーロンは、他の男の子供を生んだ私にも、いつも優しく接してくれました。私は、子供たちも2歳になって手のかかる年頃になり、子供たちの世話に没頭しているうちに段々ロビンのことが忘れられそうでした。でも、そんな時、いやなうわさを耳にしたのです。アーロンのご主人のお嬢様、リリー様とロビンが婚約をしたといううわさでした。私はそのうわさを聞いたときは胸が騒ぎました。その後、私にとって、とてもつらい事が起こりました。
双子の一人、メアリーがお屋敷の庭を駆け回るのを追いかけているとき、馬車がお屋敷に入ってきて、あやうくメアリーが馬に跳ね飛ばされそうになり、私はとっさにメアリーを抱き倒しました。その馬車から降りてきたのは、お嬢様と、ロビンだったのです。ロビンを見た時、私は一瞬心臓が止まるのではないかと思いました。ロビンも一瞬驚いたように私を見ました。「元気?」とロビンは懐かしそうに聞いてくれました。私は、どう答えたらいいものか分からず、黙ってメアリーを抱きしめていました。そんな私を見てロビンは「ああ、娘がいるのか。幸せそうでよかったな」と言うと、お嬢様と一緒に手を取り合ってお屋敷に消えて行きました。その後姿を見送りながら、私は心の中で叫んでいました。「この子は、あなたの子よ」と。ロビンは私がロビンから引き裂かれた理由を聞かされていないようでした。私はその晩人知れず、泣きました。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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