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私のソウルメイト(36)


京子が「それか、彼を呼び出すって言うのは、どう?」と言い出した。
「呼び出すって、どういうふうに?」
「彼のメールのアドレス知らない?」
「初めてあった時もらった名刺に書いてあったはずだけど」
「じゃあ、お会いしたいってメールを出したら?」
「でもね、彼は社長だから、彼のメールは秘書が読むと思うわよ。彼一人が読むんだったら問題ないけど」
「そうか。偉い人って簡単には極秘で連絡取れないってわけか」
「そういうこと」と言って、私はため息をついた。そして、
「じゃあ、今度の月曜日、出社したとき、意を決して、社長秘書に社長の予定をそれとなく聞いてみるわ」と言った。
「そうしなさいよ」と、京子に励まされたが、実際には、どう聞けばいいのか、分からず、その週末は、どう言おうかと、そればかりに頭を悩まされるはめにおちいった。
浮かない顔で考え事をしている私を、アーロンもダイアナも変に思い始めたようだ。話しかけられても、すぐには返事をしないのだから、無理はない。
「何か心配事でもあるの?」
まず、ダイアナが聞いてきた。
「別に。どうして?」
「だって、私が話しかけても、全然返事しないんだもの」
「ああ、ごめん。夕べ余り寝られなくって、頭がぼっとしているのよ」
「ふうん」と、余り納得しないような顔をした。
そして、アーロンも、
「ハロー、ハロー、いる?」と私の目の前で掌を広げて振り、顔を覗き込み
「僕の声聞こえる?」と言う。
「勿論、聞こえるわよ」
「いや、君の脳がなくなっちゃったんじゃないかって心配になったよ」と笑った。
  週末ずっと考えて、でてきたアイデアと言えば、デイビッドを昼ごはんに誘って、社長の動向を探ることくらいであった。
月曜日に出社すると、デイビッドが先に来ていた。
「デイビッド、今日のお昼一緒にしない?」と言うと
「やあ、一緒にしたいのは山々なんだがね、今日は顧客とビジネスランチなんだ」
「それは、残念。じゃあ、水曜日は?」
「へえ、それはデートのお誘いかい? 水曜日はいいよ」
全然気のないデイビッドに対してはいとも簡単にデートの約束ができるのに、どうしてロビンに対して、積極的にアプローチできないのかと思うと、自分が情けなくなった。
 ところが、昼ごはんからの帰り、ふいにまたロビンに出くわしたのだ。突然のことで、ロビンに対する構えがなかったので、自然と笑顔がほころびて来るのが、自分でも分かった。
「やあ、久しぶりだね。仕事のほうはどう?」
「ええ、順調に行っています。社長は、明日の晩お暇ですか?」
率直に聞く自分に、一瞬驚いた。
ロビンは怪訝そうな顔をして
「明日の晩? 何かいいことでもあるの?」
「いえ。社長にお話したいことがありまして、時間をとっていただけないかなと思いまして」
「じゃあ、次の会議まで後20分あるので、20分だったら今つきあってもいいけれど」と言うロビンに、私は慌てて
「いえ、込み入った話なので、もっと時間がかかると思いますので、いつかお仕事の後お会いできないかなと思うのですが」
「明日から僕はシドニーに出張でいないから、今週の金曜日の8時からだったら、一緒に晩御飯を食べながらでも話ができるけど」
私は嬉しさで胸が一杯になった。
「はい、それでは今週の金曜日に八時に」と言うと慌ててその場を離れようと踝を返すと、背後でロビンが私を呼び止めた。
「それで、場所は分かっているの?」
そうだ。まだ場所を決めていなかった。振り向くと、ロビンが
「どこかおいしい日本料理のレストランがあったら、そこにしよう」と提案してくれた。
私がよく行く「みっちゃん」は、大衆食堂という感じでロビンと二人で食事をするにはふさわしくない。考え込んでしまった私を見て
「「すき焼きハウス」はどう?」と言う。
「ええ、結構です。では、また来週おめにかかります」
私はぴょこんとお辞儀をすると、その場を足早に去った。ロビンのいる前で、嬉しい気持ちをあからさまに出してしまうのが、ためらわれたからである。ロビンはきっと私のそんな態度にあっけに取られたことだろう。後ろを振り返らなかったので、ロビンの顔を見なかったが。それからすぐに女子トイレに駆け込んで、誰もいないのを確認して「やったあ!」と両手を挙げて叫んだ。
 翌日京子にこのことを報告すると、
「よくやったね!」とほめてくれた。
「それじゃあ、今週の金曜日は二人で泊りがけで出かけるって家族に言わなくちゃね」
「ありがとう。じゃあ、その日はこのアパートにお泊りってことね」
「そう。私もここに泊まるの初めてよ」とくすりと笑った。
 アーロンに金曜日に京子と一泊旅行に行くと言うと、アーロンも急にシドニーへの出張が入って家にはいないという。ダイアナも金曜日の夜はエミリーと出かけてうちにいないことが多いので、ちょうど良かったと安堵した。
 そして、金曜日を心待ちにしていた私に、京子から緊迫した声で電話がかかってきた。
「今日、会えない? 私のアパートに来てほしいんだけど」
「何かあったの? 随分気が立っているみたいだけど」
「電話じゃいえないわ」
「じゃあ、今日は特別な用事はないから、昼過ぎに行くわ」と言って電話を切った。
 私はなんとなく悪い予感に襲われた。前日の晩御飯の残りを昼ごはんに食べると、すぐに京子のアパートに向かった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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