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私のソウルメイト(53)

 家の引渡し日が二ヶ月先に迫ってきた。それなのに、私はまだ引越し先をきめていなかった。心の奥底でロビンが一緒に住もうと言ってくれるのを期待していたのだ。しかし一向に一緒に住もうと言ってくれない。ある日しびれを切らせて、思い切って、「どんな家を買ったらいいかしら」と相談を持ちかけてみた。するとロビンは驚いた顔をして、「うちに引っ越してくるんじゃないのか」と言った。ロビンは何も言わなくても当然私が彼のうちに転がり込むと思っていたようだ。それを聞いたとたん、もう一つ今まで自分から言い出せなかったことが、自然と口をついて出た。「それじゃあ、結婚しなくちゃ」
そのあと、ロビンがどんな顔をするのか、ちょっとこわくてロビンの顔を見ないで、横を向いていたのだが、ロビンの嬉しそうな声が耳に入ってきた。「そうだね。結婚しなくちゃ」
私は慌てて付け加えた。
「結婚式なんて大げさなものをしなくてもいいけれど、婚姻届だけは出しましょうよ」
「結婚式の準備なんて、僕はよく分からないから、全部君に任せるよ」
「それじゃあ、登録所で登録して、あとで親しい人を招いて、ウインザーホテルでお食事をすることにしましょう」
そうは言ったものの、後で調べたら、夫と別居して一年たたないと再婚ができないことが分かって、結婚式は、当分お預けとなってしまった。
自分がロビンと一緒に住むことになったことをダイアナに話すと、「ママ、良かったね」と、ダイアナは喜んでくれた。結局家を売ってできたお金で、ダイアナにマンションを買ってやることにした。ダイアナはエミリーと一緒に暮らせると、嬉しそうだった。
 ロビンの家では家財道具がそろっているので、家にあるものはダイアナにやることで話がまとまった。家の引越しの日が決まると、私は家の中の物を整理するために、家の車庫で日曜日の午前九時からガレージセールをすることにして、コミュニティーの新聞に広告を出した。庭にある物置小屋を見ると、もう着れなくなった服、本、食器類、ダイアナの子供の時使ったおもちゃ等で一杯だった。だからガレージセールの一週間前から、私もダイアナも値札つけに追われた。
 ガレージセールの日は、ロビンも京子もエミリーも手伝いに来てくれることになっていた。土曜日の晩は、準備に追われて、寝たのが午前0時だった。私はセールは九時からなので、少なくとも七時まで眠れるとぐっすり寝込んでいたところ、朝六時にしつこく鳴るドアの呼び鈴で起こされた。こんなに朝早くだれだろうと不機嫌な顔で、ネグリジェの上にドレッシングガウンを羽織って出た私の前には、見知らぬ男が立っていた。
「ここで、ガレージセールがあると聞いてきたんだが…」と髭もじゃの労務者のような感じの男が言う。
「九時からやると、広告に出したはずですが…」
「買いに来たんだが、どんな物があるか見せてくれんかね」
「でも、まだ準備ができていないんです」
「いいじゃないか、みせてくれるだけでも。買って上げるんだから」
その男は私の迷惑顔を見ても引き下がらなかった。仕方なく、男を外で待たせて、売り物を朝早くからガレージに並べる羽目になった。彼はガレージセールで安く物を買って人に高く売りつける専門業者だということを後で知った。
 九時になると、京子とエミリーが応援に来てくれた。京子は、「ガレージセールはこちら」と矢印のついたチラシと風船をたくさん持ってきてくれ、家の近くの電信柱に貼り付けに行ってくれた。十時ごろからお客が少しずつ来始め、本や服が売れ始めた。ロビンは十二時ごろ、テイクアウトの巻き寿司を買ってきてくれ、かわるがわる昼ごはんを食べた。四時にお客も絶えたところを見計らって売れ残ったものを片付け始めたのだが、売上金を見ると、百ドルくらいだった。広告代に五十ドル払わなければいけないので、一日で五十ドルの収入と言う悲惨な結果だった。売れ残った物は慈善事業のために中古品を売っているオポチュニティーショップに持って行き、家の中がすっきりした。 
 家の明け渡しの日が、あっと言う間に来た。その日、私はロビンと一緒に暮らせる喜びとダイアナと別れる悲しみの二つの感情がいり交じった複雑な心境になっていた。ロビンが私を迎えにきてくれ、ダイアナがエミリーと出て行くのを一緒に見送った。いつでもダイアナには会えるのは分かっているのだが、今までダイアナと暮らした思い出の家を離れることは、切ないことだった。私はダイアナの肩を抱いて「幸せになってね」と言うと、「ママもね」とダイアナが言った。ダイアナは結婚するわけではないのだが、きっと娘を結婚させる母親は皆こんな気持ちになるのだろうと思った。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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