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私のソウルメイト(54)

 私はロビンの家に移ったのを機会にロビンの会社の仕事をやめた。会社でロビンと顔を合わせるかもしれないと思うと、何となく居心地が悪かったからだ。だから以前のようにサイモンの回してくれる翻訳、通訳の仕事だけ続けていくことにした。
ロビンの家は中に入ると地下に行く階段と二階に登る階段があり、地下は室内温水プールとジャクジーがある。一階は客間と居間と台所があり2階には寝室が4つある。一階の客間続きにテラスがあり、外でバーベキューが楽しめるようになっている。家はまるで砦のようで、テレビつきのインターフォンがあり、来客を一人ひとり確かめることができるようになっている。出かける時と夜寝る時は防犯ベルを設置する。ドアや窓の振動に反応するようになっており、異常があればすぐに警備会社に連絡がいくようになっている。ロビンに言わせれば、ツーラックの家ではこういった防犯ベルがついているのは常識なのだそうだ。一度防犯ベルを解除し忘れて、うちの中に入った時、耳をつんざくようなベルの音にぎょっとなり、慌てて解除をしたことがある。そのすぐ後に、警備会社から「異状ありませんか?」と電話がかかってきた。「異状ありません。解除し忘れて家に入ってしまったんです」と言うと、「お名前は?」「パスワードは?」と立て続けに聞かれ、「もとこ・グーレイです」「パスワードは、横浜」と答えると、相手は納得してくれ、それで電話は切れた。もしパスワードが間違っていたりすると、すわ曲者の侵入ということになって警備員が駆けつけてくるという仕組みになっている。
 ロビンの家では、以前ロビンの家を見張っていて見かけた家政婦が週一回が来て、掃除とアイロンがけをしてくれる。そして二週間に一回は庭師が芝刈りをしてくれる。私のやる家事と言えば食事作りと洗濯だけだった。ロビンは毎朝五時半に起き、地下のプールで一泳ぎして、それから二人で朝食を済ませて七時には会社に行く。そして六時半には家に帰り、一時間半私と食事をしてくつろいだ後、八時からやり残した仕事を書斎にこもってする。ロビンとすごせる時間はそんなに長くはなかったが、彼のいない時も彼のことを考えるだけで幸せな気持ちになった。こんなに地球にはたくさんの人がいるのに、その中のたった一人の人の存在がこんなにも幸せな気持ちを与えてくれるというのは不思議であった。
 ロビンと暮らし始めて十ヵ月経ち、アーロンとの離婚が成立した。その晩、ロビンは上機嫌で会社から帰ったかと思うと、
「ちょっと、目をつぶって」と言うので、目をつぶると、私の手を取って私の左の薬指に何かをはめた。
「目を開けていいよ」と言うので、目を開けて指を見ると、そこには大きなキラキラ輝くダイアモンドのついた指輪がはまっていた。
「婚約指輪だけど、気に入ってくれた?」
私は電灯の下で手を回して様々な角度に光を当ててダイヤモンドの輝きを眺めて、その美しさを堪能した。
「本当にきれいだわ。ありがとう」と言って、彼の首に抱きついてキスをした。
 思えば、アーロンからもらった結婚指輪をはずして一年たっていた。
 その一ヵ月後、私達は籍を入れた。結婚式はせずに、結婚届を出した日、私たちの知り合いに集まってもらって、レストランで食事をしただけだったが、それで十分心が満たされていた。
 結婚したらばら色の人生が待っているなんていうのが昔の(今もそうかもしれないが)少女小説の定番であったが、現実は楽しいことばかりではない。私にとって一番苦痛になったのは、ロビンについて色んな行事に社長夫人として出席しなければいけないことだった。どんな服装がその行事には適当かとか、会った人とどんな会話をすればいいかなど気疲れすることも多く、ロビンが社長でなかったらどんなに気楽だろうと、パーティの誘いがかかる度にため息をついた。特に取引先の社長のケンは大のフットボール好き。話すこととと言えばフットボールのことばかり。スポーツに全く興味のない私は、夜遅くまで続く彼のフットボール談義にはあくびをかみ殺すのに苦労をする。そのことをロビンに言うと、ロビンは笑いながら、「オーストラリアの小学校ではフットボールの情報を知らない奴なんて皆馬鹿にされて、仲間はずれにされたもんだよ。だから、毎週どのチームが首位か知らない奴はいなかったな」と言う。オーストラリア人のフットボール好きは、日本人の野球やサッカー好きを超えるものがあるらしい。
 一緒に暮らしてみて、この一年間、ロビンが毎月第一週目の金曜日に夜遅く帰ってくることに気づいた。その日はいつも、「今晩は会議で遅くなるから」と言って出かけていくのだが、オーストラリア社会で朝食を食べながらの会議は聞くことはあるが、夜定期的に会議をする会社なんて聞いたことがなかった。私はアーロンがリズと付き合い始めた時、仕事で忙しいと言って、帰りが遅くなったことを思い出した。あの頃は私自身がロビンに夢中だったので、アーロンの変化にちっとも気づかなかったのだが。ある日京子のアパートに行ったとき、気がかりになっていることを口にしてみた。すると、京子は面白がって「彼を尾行してみてはどう?」と言い始めた。彼女は探偵ごっこが好きなのだ。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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