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ヒーラー(17)


しばらく考えていたミョンヒは、やおら携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。電話の相手はすぐにでたが、ミョンヒが誰と話しているのか韓国語がさっぱり分からない私に知る由もなかった。
話しているうちに、ミョンヒの顔が明るくなったので、何か良い方法がみつかったようだ。電話を切ると、ミョンヒは車をUターンさせて、街に戻り始めた。
「何か、いい方法が見つかったの?」
「今から羊角島ホテルに行くわ」
「え?あのピラミッドみたいなホテル?」
ミョンヒはクスリと笑った。
「残念ながら、柳京ホテルはまだ完成していないのよ。今から行くホテルは、ちょっと街中からはずれた大同江の中洲にあるホテル」
ミョンヒはそれ以上のことを言わなかった。
ミョンヒがどんな対策を練り出したのか分からないが、これからの自分の行く末が不安であった。それにオーストラリアでジョンは無事にいるだろうか。それも心配だった。キムがどうして自分を殺そうとしたのかも理解できなかった。もう私にチュンサンを治せないと見切りをつけたからであろうか?そうとしか考えられなかった。そんなことを思い巡らしているとミョンヒの車はホテルの前に着いた。ドアマンがすぐに寄ってきた。ミョンヒは車から降りると、ドアマンに車のキーを渡した。ドアマンが車をホテルの駐車場に持って入ってくれるのだろう。私は周りを見て、怪しい人影が見えないことを確かめた上で、恐る恐る車を降りた。ミョンヒはすぐに私の腕を取って、物怖じする様子もなくホテルの中に入って行った。そしてエレベータに乗ると48階のボタンを押した。最上階のようだった。そこに着くまでにたいして時間はかからなかった。エレベーターを降りると、レストランになっていた。ミョンヒは迷うことなく、レストランの入り口に立った。すると、ウエイトレスがすぐに出てきて、何か聞いた。多分二人かどうか聞いたのだろう。ミョンヒが指を三本出して何か言ったが、多分これは三人だといっているのだろうと、想像できた。後一人って誰だろう?ウエイトレスが案内してくれた窓際の席の窓から外の景色が見えた。このホテルは川の中州に建っているようで、すぐ下には川が見え、街の高層ビルは遠くに見えた。席に着き、ウエイトレスの姿が見えなくなったところで私は聞いた。
「誰かと待ち合わせているの?」
「ええ」ミョンヒはにっこりして答えた。
「誰?」
私が聞くと同時に、一目で上流階級の奥さんだと思われる初老の女性がウエイトレスに案内されて、私たちのテーブルに来た。ミョンヒは椅子から立ち上がるとその夫人のそばにたち、「母の、オギです」と紹介した。その夫人に向かっては韓国語で何か言ったが、洋子と言う言葉が聞こえてきたので、私のことを言っているのだと分かった。オギはミョンヒとよく似た美人だった。勿論少し顔にしわがあるが、落ち着いた上品な雰囲気を漂わせていた。
三人がテーブルに腰をかけると、オギが私になにやら言って、頭を下げた。ミョンヒが通訳してくれた。
「母は私が洋子さんに病気を治してもらったことを知っているので、そのお礼をいっているんです。母はチュンサンの腹違いの妹になるんです。だから母に頼ったら母がどうにかしてくれると思って来てもらったんです」
「へえ。オギさんがチュンサンの妹なの。それじゃあ、ミョンヒさんは、チュンサンの姪に当たるの?」私は驚きの声をあげた。
「そうなんです。母には電話で兄から洋子さんは狙われていることを話しました」
「で、オギさんは、私はどうしたらいいと思われているんですか?」
「何とか国外に逃してあげたいと言っています」
「え?オーストラリアに返してもらえるんじゃないの?」私はオーストラリアに戻ることしか考えていなかったので、ミョンヒの言葉に落胆した。
「すみません。ちょっとオーストラリアまでは無理ですが、せめて中国か韓国には行かせて上げられるのではないかと言っています。中国か韓国でオーストラリア大使館に逃げ込めば、後はオーストラリアに帰る事ができると思います」
オーストラリア大使館と言われて、私ははたと困ってしまった。私の困った顔を見て、ミョンヒが聞いた。
「何か問題があるのですか?」
「ええ。実は私はまだオーストラリアの市民権をとっていないんです」
「ということは、日本国籍ですか?」
「そうなんです。日本政府は二重国籍を認めていませんから、オーストラリア国籍を取得すれば日本国籍は捨てなければいけないので、踏ん切りがつかなかったんです。それにオーストラリア国籍がなくても永住権があれば、選挙権がないだけで、他の点では何の差別もされないし」
「そうですか?それなら日本大使館に逃げ込めばいいですよ」
何もそんなに悩むことはないではないかと言う顔で、ミョンヒは言った。
「空港や港は、もう兄の手が伸びていると思います。だから、まず変装をして、あなたが洋子であることを見抜かれないようにする必要があります」
私にそういった後、ミョンヒは母親としばらく深刻な顔をして韓国語でひそひそ話をした。私はその間黙ってテーブルの向かい側に座っている二人の様子をうかがっていた。そうするちにキムの手下に見つからないかと不安でときおりきょろきょろあたりを見回したが、レストランには中国語で大声で話している観光客のグループしかいなかった。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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