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六度の隔たり(5)

その晩、家に帰った夏美はローラに出す手紙を書いた。
「親愛なるローラ
お元気ですか。我が家は皆元気です。
この度お願いがあって、手紙を書いています。
私の前夫デイビッドの母親が、ベン・マッケンジーという人に手紙を送りたいというのですが、ベンの居所が分かりません。そこで、ベンさんを探して、同封の手紙を渡して欲しいのですが、ベンについて分かっていることは、次の通りです。
1943年生まれ。
1963年ごろヨークの高級陶磁器のお店で店員をしていた。
1965年、友達とジープで世界旅行に出かけた。
それ以降元姑とは音信普通になったそうです。
ベンを見つけるために、ローラさんの知っている人の中でベンさんの消息を知っていそうな人にこの手紙を転送して欲しいのです。知人を辿っていくことによって、ベンさんを見つけたいのです。面倒なことを頼みますが、よろしくお願いします。もしも、ベンさんについてもっと情報が欲しいということがありましたら、電話かメールをしてください。電話番号は、61-3-9233-7474, メールアドレスはnatsumi.east@hotmail.com
です。
また、オーストラリアに来ることがあったら、是非我が家にとまってくださいね。
ロイド父さん、メアリーとオリバーにもよろしく。
愛をこめて
夏美より XO」

ローラ宛の手紙を書いた後、ローラからこの手紙を手渡された人を予想して、その人たちにあてても手紙を書いた。この手紙を読む人みんなが、英語を理解するかどうか、百パーセントの確信はなかったが、イギリスに送る手紙だから英語で書いたほうがいいと思って、英語で書いた。
「関係者の方へ
皆様に人探しのお手伝いをお願いしたく、手紙をしたためています。
1943年ヨーク生まれのベン・マッケンジーという人に同封の手紙を届けるためのご協力をお願い申し上げます。
マッケンジー氏について分かっていることは次の通りです。」
後は、ローラ宛に書いた手紙と同じ文面にした。
翌日、夏美は手紙とジーナのラブレターを封筒に入れてローラに送った。郵便箱に入れる時は、まわりに人がいないのを確かめた上、ぽんぽんと拍手を打って、『この手紙がベンさんのところに届きますように』と祈った。安易な神頼みをしてはいけないと思うが、自分にできることはこれくらいしかないと思ったのだ。

ところ変わって、舞台はイギリスに移る。
ローラは夫のケリーと一緒にイギリスのマンチェスター郊外の大きな2階建ての家を半分に分けた所に住んでいた。いわゆるセミディタッチド・ハウスといわれるものだ。イギリスでは日本と同じように2階建ての家が当たり前で、『ハウス』と呼ばれるのは2階建てで、平屋は「バンガロー」と呼ばれる。夏美がローラのうちに来た時は、娘も息子も家にいたのだが、二人とも独立して家から出て行き、今は老夫婦二人だけ残された。
イギリスの11月の空は曇っていて、冬が近づくに連れて風が冷たくなり、人々の心をも冷え冷えとさせる。ローラは、外に出るのがおっくうで、今日は一度も外に出ていない。通りに面している客間に座っていると、大きな窓ガラスを通して、郵便屋が来て郵便受けにゴム輪で束ねた何通かの郵便物を押し込んでいくのが見えた。ケリーが帰る前に郵便物くらいは取りに出ないと、ケリーの機嫌が悪くなるのを思い出して、首にマフラーを巻きつけて外に出た。思ったとおり、風がびゅんびゅん吹き、体が縮こまった。だから、郵便物をつかむとすぐに家の中に引き返した。そして、それを台所のテーブルに置くと、おやつの時間にしようと、電気やかんに水を入れ、電気のスイッチを入れた。台所の椅子に腰掛けて郵便物を一つ一つ見ていくと、請求書や広告に混じって大きな封筒に「イースト夏美」と書かれているのを見つけると、一体夏美が何を送ってきたのかと、少し心が躍り、すぐに封を切ってみた。
夏美の送ってくれた封筒には、夏美の手紙と共にベン・マッケンジー宛の手紙が入っていた。夏美の手紙に目を走らせたローラは、読み終わった後、一体誰に頼めばそのベン・マッケンジーなる人物が探せるか、考え込んでしまった。隣の家に住む若い夫婦は確かヨークシャーから引っ越してきたはずだが、そのベンと言う人がヨークに住んでいたのはもう40年以上も前のことだから、30代のその夫婦が生まれる前のことのようだ。ともかくケリーが帰ってきたら相談すればいいとテーブルの片隅に夏美から来た封筒を置いておいた。
それから、昨日作ったスコーンという小さな甘みのないケーキを一つ冷蔵庫から出し、電子レンジで暖めて、クリームとイチゴジャムをたっぷりとつけた。本当はダイエットをしなければいけないとは思うのだが、思うだけで、甘いものに目がないローラは、ダイエットに成功したことがない。その日も自分の予備のタイヤ、つまりタイヤがくっついたように突き出たおなかを眺めながら、好きな物を食べるのを我慢して長生きするよりは、短い人生でも好きな物を食べて生きたほうがましだと言い訳するようにつぶやいた。ティーポットにティーバッグを入れて沸いたばかりの熱々のお湯を注ぎいれた後、ティーカップにもお湯を注いで冷たいティーカップを温めた。そして、ティーカップのお湯を流しに捨てた後ミルクを少し入れ、その上から紅茶を注いだ。ミルクに紅茶を入れるほうが、紅茶にミルクをいれるよりは断然味がまろやかになると、ローラは信じている。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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