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六度の隔たり(7)

~~マークはおばのローラから送られて来た大きな封筒を手にとって、一体何が入っているのかと不思議に思った。最近ローラ叔母さんとは、クリスマスカードのやり取りくらいしていなかったからだ。夕食が終わった後開けてみると、人探しの依頼だと分かり、この忙しいときに七面倒なことを頼んできたおばに少し苛立ちを感じた。マークはヨークの支店の支店長になってからこの一年間、預金高を増やすために朝早くから夜遅く、毎日駆けずり回っている。一人も知り合いのいない町に転勤になったのだから、ストレスも大きかった。
手紙を読んだ後、気難しい顔をしていると、妻のミアが
「おばさん、なんて言ってきたの?」と聞いた。
「ベン・マッケンジーなる人物を見つけて、ここに入っている手紙を渡して欲しいって」
「ちょっと、その手紙見せて?」と言うので、ミアに手紙を渡すと、熱心にローラの手紙を読んだミアは
「ちょっと素敵な話ね」と言った。
「なにが?」苛立った声でマークが聞いた。
「居所の分からなくなった昔の恋人に、知人を介して人探しをして、ラブレターを渡してほしいなんて」
「へえ、女はそんなことに興味があるのか。だったら、君が、このベンを探してやってくれよ。僕はそれじゃなくても、決算期を迎えて体がいくらあってももたないくらい忙しいんだ」
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、私が頭を振り絞って、どうすればいいか、考えますわ」と揶揄するようにミアは答えた。
マークが仕事をするために書斎に引っ込んだ後、ミアは小学校2年生になる娘のカイリーとしばらく一緒にテレビを見た。8時半にカイリーを寝かしつけた後は一人の時間となり、どんな人に聞けばいいかをまず考えることにした。まずカイリーの同級生の友達ナターシャの母親のジェーンに電話をしてみることに思い当たった。この一年でヨークでできた気の置けない友人といえば、ジェーンしか思いつかなかった。
「ハーイ、ジェーン?ミアだけど」
「ハーイ、ミア。どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ベン・マッケンジーっていう人、知らない?」
「知っているわよ。ベンがどうかしたの?」
こんなに簡単にベンが見つかるなんて思ってもみなかったので、ミアは驚きで次の言葉がすぐには出てこなかった。
「実は、ベン・マッケンジーという人を探して欲しいと、マークのおばさんから頼まれたんだけど、、」
「あなたのおばさんの知り合いなの?」
「そうじゃないんだけど、実は…」
ミアが事情を説明すると
「じゃあ、おばさんの探しているベンって、もう70歳ぐらいっていうわけね」
「そうだけど」
「じゃあ、残念。私の知っているベンとは違うわね。だって、ベンはまだティーンエージャーだもの」
ミアの興奮は頭から水をぶっかけられようにたちまちさめてしまった。
「なあんだ。えらく簡単に見つかりそうだと思ったら、やっぱりそうは問屋がおろさないのね」
「そうね。マッケンジーってありふれた苗字だと、ヨークの街にもベン・マッケンジーなんてたくさんいるはずよ」
「そうか。電話を使って調べるっていう方法があるわね。ただ、ベンがまだヨークに住んでいるっていう保証がないんだけれど」
「それは、電話でみつからなかった後、考えたら?もし、ベンがどこの高校を卒業しているか分かったら、インターネットのクラスメートっていうサイトで探し出すことができるかもしれないわよ。たとえ彼がみつからなくても、彼のクラスメートはみつかるだろうから、彼のクラスメートが彼の消息を知っているかもしれないし」
「そうね。電話帳で調べて見つからなかったら、またあなたのお知恵を拝借したいわ」
「いいわよ。でも昔の恋人を探そうなんて、ロマンチックね」
「あなたもそう思う?私がそういうとマークなんて女はそんなことに興味があるのかと軽蔑したように言うんだから、いやになっちゃう」
ジェーンは、ミアの愚痴が長引きそうになる気配を感じたようで、
「じゃあ、また明日」と早々に電話を切ってしまった。
ミアはその晩は他人事ながら、ベン探しの方法を考えていると興奮して眠れなくなり、明け方に眠り込んだものだから、翌朝起きるのがつらかった。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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