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六度の隔たり(8)

~~ミアは、マークをいつものように勤めに送り出した後、カイリーを車で学校まで送っていった。その後、すぐにうちに帰ると、インターネットでベンの電話番号を調べてみた。たくさんマッケンジーBなる人物がいるだろうと思ったが、意外に少なく、十人しかかった。多分、これはBで始まる名前が多くないせいだろう。この十人に順番に電話をかけていったが、電話にでたのは3人だけ。昼間勤めに出ている人が多いからだろう。皆女の人が電話に出たのだが、最初の人はまだ30代、二人目は40代の肉屋、三人目は自動車修理工の20代の男性だった。結局お目当てのベン・マッケンジーなる人物はいなかった。今晩また後の7人に電話をしようと思っていると、すでにお昼の時間になっていた。
サンドイッチを作って、お昼ご飯を食べながらテレビのニュースでも見ようと居間のソファーに座ってテレビのスイッチを入れると、テレビからはアナウンサーの興奮した声が流れてきた。
「ただいま、銀行強盗が通行人に取り押さえられたというニュースが入ってきました。現場に行った記者に中継で伝えてもらいましょう」と言うと、画面が変わって片手にマイクを持った記者が現われ、「ただいまヨークの中心街にあるマーチャント銀行に強盗が入り、銀行員を脅かして大量の紙幣を袋に詰め込ませ、その銀行員を人質にして逃走しようとしたところ、通行人に取り押さえられました」と言い、画面は4,5人の通行人に下敷きにされ後ろ手に締め上げられている髪の短いジーパンとジャンパーの若い男に変わった。ヨークの中心街にあるマーチャント銀行?それはマークが支店長をしている銀行ではないか。マークはどうしたのだろう。そう思うとミアの心臓は早鐘のように打ち始め、電話に飛びついて、マークの携帯に電話を入れた。携帯の呼び鈴は鳴っているが、何分待っても応答がなかった。ともかく、マークの銀行に行ってみようと車に飛び乗り、ヨークの街の中心街に走らせた。ヨークは紀元71年にローマ人によって作られた高い塀によって囲まれた古い歴史をもつ町である。一時はローマ帝国の首都にもなったことがあるそうだが、ローマ人の勢力が衰えた後はバイキングによって占領されたという。古い町なので、車が通れるような幅の広い道は少なく、シャンブル通りと呼ばれるところなどは、二階から向かい側のうちに手を出せば、お互いに握手ができるというくらい通りが狭い。だから街の中に駐車をするのが極めて困難だ。人口20万人くらいの小さな町なのだが、いつも観光客で賑わっている。観光客たちの多くは街の郊外にある大きな駐車場に車を置き、駐車場と中心街を頻繁に循環するシャトルバスに乗って来る。ミアも塀の外の駐車場に車を停めると、シャトルバスに乗って中心街にあるマーチャント銀行に急いで行った。行くのに30分はかかっただろうか。ミアが銀行に着いた時は、テレビ中継で見たときのような人盛りはなくなっており、強盗犯は警察に連れされれた後のようだった。しかし銀行のドアには、「緊急時により、今日は銀行を締めさせてもらいます。また明日のお越しをお待ちしております」と貼り紙が付けられていた。ミアはドアの前で携帯を出すと、もう一度マークに電話してみた。今度はすぐに応答があった。
「ハロー」
「ああ、マーク。ミアよ。テレビで銀行強盗に襲われたって聞いたけれど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。通行人が強盗を取り押さえてくれてね」
「けがはなかった?」
「うん、なかったよ。ただ皆恐怖で震え上がっていてね。だから、今日は警察の聞き取り捜査が終わったら、家に帰っていいって言ったんだよ。まあ、今ドアを開けるから、待っててくれ」
3分もしないうちに中のほうから鍵を開ける音が聞こえ、マークがドアから顔を覗かせたかと思うと、入れというように、顔をしゃくった。
ミアが入るとすぐに鍵をかけ、ミアを自分の部屋に入れて来客用にソファーに座らせた。
「一体、どうしたの?」
マークは疲れたように頭のこめかみをもみながら、答えた。
「僕は今朝は銀行の借入金を増やしたいという工場主とここで話し合っていたので、実際に最初から現場にいたわけではないので分からないんだが、窓口の女性がピストルのようなもので『金を出せ』と言って脅かされてね。ローズが、その人質になった行員だが、蒼い顔をして僕の部屋に入ってきてね。ローズの後ろに犯人がいてピストルをつきつけていたんだ。犯人から金庫の金を袋に入れろと要求されて、仕方なく金庫を開けて、20万ポンドを袋に入れたんだ。そしたら、そのままローズを人質にして通りに出てね。通行人の一人がその男の持っていたのはおもちゃのピストルだって気づいてね、その男に襲い掛かって、そばで見ていた通行人たちも加勢してくれたおかげで、犯人を逮捕することができたんだ」
ミアはほっとして
「大事に至らなくてよかったわ」
「うん。それはそうだが、僕の支店長としての面目は丸つぶれだよ。おもちゃのピストルで脅かされていたなんて」
「だって、私達、本物のピストルを見ることなんてないんだから、本物かどうか分からなかったのは仕方ないじゃない」
「うちのえらいさんが、そう思ってくれればいいんだけどね」と浮かぬ顔をして言った。
それから、二人して家に帰ったのだが、その騒動で、その晩はミアは7人のマッケンジーBに電話をするのをすっかり忘れてしまっていた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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