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六度の隔たり(15)

~~クリスの車はポンコツに近いような車だったが、がたがた音をさせながらも、動いた。ヨークの街を出ると、まっすぐな2車線の車道が走っており、10分も走ると回りは建物が消え、田園風景が広がった。今は冬なので緑はなかったが、夏になると推水仙の花が咲き誇る美しい所だった。ショーンのガソリンスタンドは、20分走ったところのマンチェスターに続く道路のわきにあった。スタンドには車が一台も止まっていなかった。スタンドの事務所の脇に車をつけて降りると、事務所の中から70歳近い男が出てきた。
「これはこれはクリス。今日は美人とデートかい?」とにやにやしながら近づいたその男はショーンに違いなかった。
「ショーン、こちらはジェーンさん。ベン・マッケンジーの居所を探しているということなんだが、お前なら知っているだろうと思ってご案内したんだよ」
「それは、ようこそ」とショーンが手を差し出した。ジェーンはショーンの油で汚れた手が気になったが、仕方なくショーンの手をとって握手をした。
「今、暇なんだろ?ちょっと、ジェーンにベンのことを話してやってくれよ」
「まあ、中に入ってください。お茶くらいいれますよ」と、ショーンは二人を事務所に誘った。事務所の中は雑然としていて、週刊誌や新聞がテーブルの上に転がっていた。
「ベンさんとは、今でもつきあっていらっしゃるのですか?」
ジェーンは一番気になることを聞いた。
「つきあっているというか、手紙をもらったのは2年前で、それからのことは分からないけれど」
「じゃあ、今どこにいるのかは、分からないのですか?」
「いや、2年前と同じ所にいるはずだよ」
紅茶をなみなみと注いだマグカップをジェーンの前におきながら、ショーンは言った。
「ベンさんは、今もヨークにいらっしゃるんですか?」
もし、ベンがまだヨークにいるのなら、ベン宛の手紙を会って手渡せると、ジェーンは心の中で思った。
「いや、オーストラリアにいるよ」
「えっ!オーストラリアですって?ジーナさんもオーストラリアにいるんですよ」
ジーナもベンもオーストラリアにいるなんて、なんて奇遇なのだろうと、ジェーンは驚いてしまった。
「そのオーストラリアの住所、分かります?」
ジェーンは身を乗り出して聞いた。
「ベンから来た手紙を見れば分かるけど、手紙はうちにあるんだ」
ショーンがそう言った時、外でがたがた音がした。どうやらお客が来たようだ。
「ちょっと、失礼」と言って、ショーンはお客の車にガソリンを入れるために出て行った。
「ベンの居所がわかってよかったね。これであなたを案内してきたかいがありましたよ」」とクリスが言うので、ジェーンも、
「本当に、こんなにすぐにベンさんの居所が分かるなんて、クリスさんのおかげです。ありがとうございます」と感謝した。
外で車のエンジンがかかった音がすると、ショーンが戻ってきた。
「今、ベンさんは何をされているのか、ご存知ですか?」好奇心からジェーンはきいた。
「刑務所にいるよ」
「えっ?刑務所。一体どうして?」
ベンが刑務所にいるなんて意外だった。ジェーンは昔の恋人からまた会いたいと情熱を持たれるベンはとても魅力的ないい人だろうというイメージを自分で勝手に作り上げていたことに気づいた。
「殺人罪で刑務所にいれられたんだ」
今までもっていたイメージからすると、詐欺罪くらいなら分かる。しかし、殺人罪なんて、最悪ではないか。
「一体、誰を殺したんですか?まさか強盗なんてことをしたんじゃないんでしょうね」
ショーンはジェーンの言葉に笑いながら答えた。
「強盗なんて、奴がするわけないだろ。まあ、話せば長くなるからやめておくけど」
ジェーンはじれったい気持ちで言った。
「もっとベンさんのことを詳しく話してもらえませんか。ベンさんがあなたと世界旅行に行ったところまでは、聞いているのですが、世界旅行から帰って、ベンさんは何をしていたのか話してもらえませんか?」
「そんなことを話していると少なくとも1,2時間はかかるなあ。明日は週末でガソリンスタンドも休むから、明日うちにおいでよ」
ジェーンは本当はすぐに聞きたいところだが、また客が来たのを見て、それ以上押すのはためらわれた。そこで、仕方なく、ショーンの家の住所を聞いて翌日ショーンの家を訪ねる約束をして、その日はうちに帰った。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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