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六度の隔たり(19)

~~ジーナがベンに会いに行くと言っていた日は、40度を超える暑い日になった。外に出ると乾燥した北風が吹きつけ、オーブンの中に入れられた魚のような気持ちにさせられた。汗が出ても、すぐにその汗は乾燥した空気に吸い取られて蒸発してしまう。どこもかしこもカラカラだった。
夏美はその日は部屋のカーテンは閉めたままで、家を出た。熱が家の中に入るのを妨げるためにメルボルンの人が皆やることだ。会社ではいつものように仕事をしたが、仕事の合間にジーナとベンの面会はどうなっただろうか気になり、落ち着かなかった。
家に帰るとカーテンを閉めておいたものの、昼間の熱風で家全体が温められて、部屋の中は暑くなっていた。夏美はすぐにエアコンを入れて、夕ご飯を作った。いつものように三人で晩御飯を食べ、テレビを見た。しかし夏美の目はテレビに向いてはいたが、心は上の空であった。ジーナにベンとの面会がどうなったのか聞きたくて、心の中はうずうずしていた。だから、トムが寝付くのを待ち、トムの寝息が聞こえ始めると、夏美はすぐにジーナに電話した。
「夏美ですけど、今日のベンとの面会、どうでしたか?」
勢い込んで聞く夏美に、ジーナの声にならない苦笑が伝わっていた。
「ベンは口が重くて、ほとんどしゃべらないので、私が一人でしゃべりまくっていたって感じだったわ」
「そうですか」
「私も変わったかもしれないけれど、あの人も随分変わっていたわ」
思った通り、ジーナとベンの面会はスムーズにはいかなかったようだ。
「刑務所って初めて行ったけれど、今日のように暑い日でも1時間も外で待たされたのよ。他の面会人も皆ぶつぶつ言っていたわ。これじゃあ、囚人だけでなく、囚人の家族や友人も罰せられている感じだって」
「そうですか」
夏美も刑務所には幸いにも今まで縁がなかったので、どんなところか想像しがたい。しかし、テレビのニュースで紹介された刑務所の独房は、トイレ付きの小さなモーテルの部屋のようだった。あれだったら、刑務所に入るのもまんざら悪くないわねとギャリーと話した記憶がある。
「それじゃあ、もうこれで、ベンさんとは会わないことにしたんですか?」
少し沈黙があった。
「また、会いに行くことにしたわ。来週の火曜日」
「えっ?向こうはお母さんのことをなんとも思っていないんですよ。もし、伴侶がほしいというのなら、何もよりによって、服役中の人と付き合わなくても、他にいい人たくさんいるでしょ?新聞に交際相手を探している人の欄があるから、あんなのを見てこれはと思う人と連絡とって見たらどうですか?それに最近は、交際相手を探すことができるインターネットのサイトもあるし」
「70歳近い私と交際したいという男なんているかしらね。たいてい男は皆年下の女を好むからね」
「ああら。そんなに悲観することないですよ。私の会社の人で、20歳年下の男の人と結婚している人いますよ」
「それは例外中の例外だろ?」
「まあ、そうかもしれませんが、でも絶対ないとは言いきれないじゃありませんか」
「ベンと会って、あの人は今私が支えてあげないとだめになるような気がしたのよ」
「同情したってわけですか?」
「同情と言われれば、そうかもしれないわね」
「何も、問題を抱えている人と付き合わなくても」と夏美がしくこく食い下がると
「夏美さんは、私が再婚すると困ることでもあるの?」
とジーナは皮肉な口調で聞いた。夏美は、そこでジーナが何を考えたか気づいて、ハッとなった。無言に「あなたは私が再婚したら、私の遺産がもらえなくなることを心配しているのでしょう」と言っているように思えた。夏美は善意で言ったことでも、そんな風に思われたのかと思うと、情けなくなった。そして心の中で「じゃあ、勝手にしたら」と言っていたが、口に出しては言わなかった。
「いいえ。じゃあ、これで。また、電話します」と早々に電話を切ったが、後味が悪かった。ジーナも子供ではないのだから、彼女なりに考えて行動するだろう。もう、ジーナの問題は考えないことにした。
 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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