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ケーコの物語(4)

~~ケーコがウツウツとしていた毎日を、どうにか機械的に仕事をこなして送っていた日、前の学校で教えたことのあるシャロンが、18歳の誕生日パーティーに招いてくれた。オーストラリアでは18歳と21歳の誕生日は大々的にすることが多く、昔の日本語教師だったというだけで、シャロンが招いてくれたのは、ケーコの沈んだ気持ちを少し明るくしてくれた。
シャロンのパーティーの会場になっているレストランに入ると、その日はレストラン全体を借り切っているようで、制服姿しか見たことのなかった元教え子たちがエレガントなイブニングドレスに身を包み、あちらこちらに固まって嬉しそうに話をしているのが見かけられた。その教え子の一人がケーコの姿を認めると、「先生、こんばんは」と大きな声で呼んでくれた。そのグループのティーンエージャーたちはいっせいにケーコのほうを振り向いて、「わあ、先生ひさしぶり!」と歓声をあげ、あっというまにケーコを取り囲んだ。ケーコは昔教えた生徒達の人気者の教師だったときのことを思い出した。
「久しぶりね。皆元気?皆もう大学生になったんでしょ?どこの大学に入ったの?」
「私は、OOOO大学」
「私は、XXXX大学」
「私は、メンジーズ大学」と、皆口々に答えた。
「先生は、確かメンジーズ大学に行かれたんですよね」と、メンジーズ大学に入ったというエミリーに聞かれた。
「そうよ」と答えたケーコは、メンジーズ大学の内情を聞かれては困ると思い、すぐに話題を変えた。
「まだシャロンの顔を見ていないけれど、シャロンは、どこにいるの?」
すると、エミリーがすぐに
「あの奥で、ボーイフレンドとボーイフレンドの友達に囲まれているわ」と、奥のほうを指差した。
「それじゃあ、私もまずシャロンに挨拶をしてくるわね」と、教え子たちのグループから離れて、シャロンにプレゼントを渡しに行った。
シャロンはケーコの姿を見ると、すぐに走り寄って来て、「先生、よく来てくださいましたね」と、ケーコに抱きついた。ケーコはシャロンの背中をたたきながら、「18歳のお誕生日、おめでとう」と言った。そして、お化粧をして赤いロングドレスを着て、見違えるほどに輝いているシャロンを見て、「きれいになったわねえ」とケーコはお世辞ぬきで、感嘆の声を上げた。
「これ、私からのプレゼント」と、持って来たペンを渡すと、「ありがとう」と嬉しそうに受け取ったものの包みを開ける暇もなく、中年の夫婦が「シャロン」と声をかけたものだから、シャロンはそちらのほうに行ってしまった。手持ち無沙汰になったなと思ったら、後ろから「ケーコじゃないか。よく来てくれたね」と男の声がするので振り向くと、それは、シャロンの父親のピーターだった。ピーターは州議会の議員で、労働大臣までしている。大臣と言っても愛想のいい人で、ケーコも高校の保護者会で何度か会っていて顔見知りだった。
「あら、ピーター、今晩は。今日はお招きありがとう」と言うと
「勿論シャロンのお気に入りの先生を呼ばないわけにはいかないだろう」と本気ともお世辞ともとれないことを言った。ピーターのそつのなさには、ケーコはいつも感心させられる。
「ケーコはもう学校教師をやめたと聞いたけれど、今何しているの?」
「今、メンジーズ大学で留学生のお世話をしているわ」
「楽しい?」
社交辞令で聞いてくれたのは分かるが、見る見るうちにケーコの顔が暗くなって、
「まあね」と、元気のない声に変わった。
ピーターは、そんなケーコの様子を見て、何かおかしいと思ったらしい。
「何か困っていることがあったら、相談にのるよ」と、言ってくれた。
「まあ、ピーターに相談しても、どうにもならないことだから、言わないでおくわ」
「どうにかなるかもしれないよ。僕は教育大臣のジム・ブラックとは、結構仲がいいんだ。心配事があるのなら、言ってごらんよ」と、笑顔で聞いた。
「こんなパーティーの人ごみの中で言えるようなことじゃないし…」と、ケーコが躊躇すると、
「じゃあ、明日にでも僕の事務所にでもおいでよ」
「でも、ピーターは忙しいんでしょ?」
「いや、ケーコのためなら、時間を作ってあげるよ」と、本気にすると問題になるようなことを言った。 それでもためらっているケーコを見て、「随分深刻な問題みたいだね」と付け加えた。
「ともかく力になってあげられるかもしれないから、今度話においでよ」
そう言って、ピーターもまたほかの客にあいさつをするために、ケーコの側を離れ、人ごみの中に消えていった。
ケーコは、その日は久しぶりで楽しい時間を過ごすことができた。昔の教え子たちと話していると時間のたつのも忘れ、いやなことも忘れることができた。
エミリーが「先生。私たちのつけた先生のあだ名、知ってる?」といたずらっ子のように目を輝かせながら聞いた。
「え、知らないわ。まさか変なあだなじゃないでしょうね」
ニヤニヤエしながらエミリーは言った。
「先生のあだ名はね、消防車って言うの」
「消防車?私って、そんなにいつも赤い服着ていたかしら?」とあだなの由来が分からなくて、不思議な顔をしていると、
「別に先生が赤い服を着ていたから、消防車ってつけたわけじゃないわよ」
「じゃあ、どうして?」
「だって、先生、いつもクラスの始まる時間にぴったり教室に現れたじゃない」
「それって、普通でしょ」
「そんなことないよ。ほかの先生は、来るのがもっと遅かったわよ」
「へえ、そうなの。私は時間通りに教室に行かなきゃいけないと思ったから、遠い教室なんかチャイムが鳴る5分前には、職員室をでたわよ」
「先生は日本人だから、几帳面なのよ、きっと」とエミリーから言われてしまった。
楽しい再会の時をすごして家に帰ると、すでに午前様になっていた。
その晩ケーコは、ベッドにもぐって、ピーターの言った言葉を思い出していた。
「何か困っていることがあったら、相談にのるよ」
ピーターに、メアリーの収賄の話をしようか、どうしよう。そのことばかりが頭の中を堂々巡りしていた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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