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カウラへの旅(4)

 良太たちが日本人墓地の銘板を見ていると、道路側から一人杖をついた日本人の老人が入って来た。
その老人は良太を見ると、
「見学に来たの?」と、話しかけてきた。
「ええ、オーストラリアの高校に留学しているんです。ホストファーザーの友達が連れてきてくれたんです」と言うと、
「そうなのか。ここには、いわゆるカウラ暴動で亡くなった日本人捕虜が祭られているんだが、日本では聞いたことないだろ、カウラ暴動って?」
「ええ。聞いたことありませんでした」と、良太は素直に答えた。
「そうだよな。皆日本では敗戦のことは忘れようとしている。それを思い出させるようなものは、抹殺したがっているからな」と、その老人は自嘲気味に言った。
「おじいさんは、カウラに収容所があったと知って、来たんですか?」と聞くと、
「ああ、そうだよ。あそこで4年過ごしたからね」
「え?じゃあ、戦争捕虜だったんですか?」
その老人は戦争捕虜と言われて気分を害したらしく、急に黙り込んでしまった。二人の会話を側で聞いていたデニスは、二人の気まずい空気をほぐすように、「カウラによく来るのですか?」と、その老人に話しかけた。
その老人はデニスに日本語で話しかけられて、ちょっと驚いたようで、「日本語がお上手ですね」と言った。デニスは「妻が日本人でしたからね。少し日本語が話せるんです」と答えた。
「私は中島一平と言います」と、気を取り直して、その老人は答えた。そこで初めて「デニスです」「僕は、伊藤良太です」と、三人は自己紹介をした。
「私は、できるだけ毎年カウラに来るようにしていますが、最近は体調も良くないから、今年で来るのは最後になりそうです」と、中島は少しさびしげに言った。
良太はデニスから聞いた話で疑問に思っていた事を、その老人にぶつけてみた。
「デニスさんの話では、収容所での待遇は良かったはずなのに、暴動が起きたって話ですが、どうして暴動が起きたんですか?」
「どうして暴動が起きたか?そうだね。君のように戦後生まれの人には、あの頃の僕達の気持ちは理解できないだろうね」
遠い昔を思い出すように、老人は目を細めて宙を見た。
そして、良太をじっと見つめて、聞いた。
「良太君は、どうしてオーストラリアの高校に留学しているの?」
「どうしてって。まあ両親から言われたからかな」
良太はそんなことを聞く中島の気持ちを理解しかね、突然の思わぬ質問に、しどろもどろしながら答えた。
「英語が習いたくて留学したんじゃないのか」
「別に、英語が習いたいわけじゃないですよ」
良太はぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、高校のおちこぼれって言うわけか?」
良太は確かにおちこぼれだったが、そこまではっきり言われると、気分が悪かった。
良太が黙ってしまうと、中島は
「別に君が落ちこぼれだからって、非難するつもりはないよ。あの戦争があったころは、捕虜になることは、今の落ちこぼれと言われる以上に、恥ずかしいことだったんだよ」と、中島は穏やかな表情で言った。
「捕虜になることが恥ずかしいことなの?」
「うん。出兵する前に軍人としての心構えを叩き込まれるんだけれど、その中に、『生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ』という戦陣訓があってね、捕虜になるよりは死んだほうがましだと教え込まれたんだよ」
「どうして捕虜になるより死んだほうがいいだろう」
思わず、言ってしまった。良太は何よりも人命が尊いと教えられてきたのだから、中島の言うことが理解しがたかった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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