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百済の王子(3)

 セーラが翌朝、テレビで天気予報を見ると、晴天で気温も18度となっていた。4月にしては暖かい日だ。朝、観光案内所に飛鳥への行き方を聞くと、近鉄電車に乗らなければいけないと言われ、きのう歩いた商店街に戻り、近鉄駅から電車に乗った。飛鳥にたどり着くには2度も電車を乗りかえらなければいけなかったが、何とか飛鳥駅に着くことができた。奈良は観光客でにぎわっていたので、飛鳥にもたくさん人がいると思ったが、駅で降りた人の姿はまばらで、閑散としていた。駅前の案内所で地図をもらって、最初に高松塚古墳に向かった。朝肌寒かった空気も、10時ごろになると、日の光が、背中を暖かく照らし、体がぽかぽかして来て、春用の薄手のコートをまず脱いだ。ちらほら熟年のカップルや、大学生風の女性三人組を見かけた程度で、他には人は見えなかった。広い野原には春の花が咲き、桜もちらほら見られた。なだらかな丘をゆっくり登りながら、標識を頼りにたどり着いたところは、小さな博物館風の建物だった。入り口で入場料を払い中に入ると、若いカップルが一組いたきりだった。20人ばかり人が入ると一杯になりそうな小さな部屋だった。そこには、古墳に書かれていた壁画を再現したものが、部屋の壁一面に書かれていた。まるで天女のような格好をした女性が何人かと男性数人が書かれていた。お棺のあった部屋に描かれていたと言う動物も再現されていた。その4匹の架空の動物、朱雀、白虎、玄武(亀に蛇が巻きついたもの)、青龍を見て、セーラは韓国ドラマ好きの母親が見ていたヨン様が神様を演じるドラマ「大王四神記」を思い出した。その中で南は朱雀、西は白虎、東は青龍、北は玄武が守護神として出てきたのを思い出して、昔の日本と韓国は似た文化を持っているんだなと思った。少しでも自分の知っていることに出会うと嬉しい気持ちになるものだ。そこの管理人のような中年の男が若いカップルに古墳から貴重品が泥棒に盗まれたことを説明しているのが、自然と耳に入ってきた。セーラは、横槍から質問をするのもどうかなと思ったが、好奇心が勝って、思わず聞いた。「どうして泥棒は北から入るのですか」。管理人の男は、セーラが日本語を流暢に話すのに驚いた様子で、「日本語が分かるんですか?」と言い、その後セーラの質問に答えてくれた。「お棺のある部屋は最後に北をふさぐんです。だから北側が一番取り壊しやすいんです」
そこには大して見るべきものもなく、一通り眺め回したあと外に出ると、また観光案内所でもらった地図を取り出して、次に目指すべき所を探した。「宮尾古墳」なんていうのが、そこから一番近いようだ。そこを目指して歩き始めると、10分でついた。まるで大きなお饅頭のように見える円形の古墳を見て、セーラはまた韓国ドラマを思い出した。確か「イ・サン」というドラマに出てきた王様の墓は皆円形で、宮尾古墳に似ていた。説明書を読むと誰の墓なのか分からないと言うことだったが、写真だけ撮って、次の天武・持統天皇陵に向かった。二人の天皇を一緒に祭るなんて、とても仲の良かった天皇たちかと思ったら、二人は夫婦だったと説明書に書いてあった。今の皇太子に女の子しかいないことで、女性が天皇になることに関して随分論議をかもしたようだが、「何だ昔も女性の天皇がいたじゃん」とセーラは思わず独り言を言った。地図を頼りに歩いていくと、地図では単純に一つの道しかないように書いてあるのに、分かれ道にでくわした。どちらに行けばいいのか迷ったが、右の道を選んだ。急ぐ旅ではない。間違えたら、引き返せばいいだけのことだ。しばらく行くと、また二つの道に分かれた。ここでもどちらの道に行こうかと迷ったが、右の道を選んだ。引き返さなければいけなくなった時のことを考えると右ばかり選ぶほうが賢明に思えた。そしてまた分かれ道に出くわして、右を選んで歩いて行ったが、行けども行けども天皇陵らしいところは見当たらない。それどころか人一人見当たらず、両側が木の覆い茂っている舗装もされていない、細い道が続いているだけだ。段々不安になってきた。それにおなかもすいてきた。腕時計を見ると、時計の針は11時半を指していた。「そう言えば、モーニングティーも飲んでいないわ」と思うと、セーラは喉の渇きを感じ、道脇の少し大きめな石に腰掛け、背中のリュックサックを下ろし、ペットボトルの水をラッパ飲みした。冷たい水が喉元を通っていくのを感じ、快かった。少し体がぽかぽかしてきたので、着込んでいたセーターもリュックサックに突っ込んだ。人っ子一人見えないのがセーラの不安をあおり、自分の居場所を調べるために、スマートフォンを取り出し、GPSで自分の居場所を確かめようとした。すると、ネットワークがありませんとメッセージが出た。飛鳥は随分田舎のようだからネットワークもないのかと思うと、大変なところに来たなと思った。地図を見ると、天武・持統天皇陵から30分くらい歩いたところに、レストランのマークがあったので、早く天皇陵を見て、お昼にしようと、また歩き始めた。ところが、歩き始めて1時間近くなるのに、相も変わらず人っ子一人会わず、ただただ田舎道が続くばかりである。何かおかしい。そう思いながらも更に30分歩いて、セーラは自分が道を間違えたらしいと気がついた。そうなれば引き返すだけだと、180度方向転換して、もと来た道を戻り始めた。それでも、どうもおかしいと気づいたのは、それから1時間ばかり歩いたあとだった。何だか、同じ道を堂々巡りしているように思われるのだ。そして同じ道を回りながらも、回るごとに少しずつ景色が変わっていくように思える。しかし確信はなかった。そのうち、おなかが空腹でなり始めた。時計を見ると午後1時になっていた。こんなことなら駅で弁当を買ってくるのだったと後悔したものの遅すぎる。リュックサックを下ろして、何か食べるものがないかと探すと、チョコレートが出てきた。こんなものでは腹の足しにはならないと思いながらも、チョコレートを口にした。チョコレートの甘さが口いっぱいに広がり、少し空腹を満たすことができた。チョコレートを食べた後、また歩き出したが、段々自分がどこにいるのかわからなくなってきた。だから、遠くから人が何人かの集団になって歩いてきているのが目に入ったとき、セーラは思わず、「ハーイ!」と叫びながら走りよっていった。ところが、その集団は走りよって来るセーラを異様なものを見るような目で、立ち止まって、動こうとしない。
 

著作権所有者 久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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