Logo for novels

百済の王子(7)

~~「額田王様。私が何をしたというんです!お待ちください」
セーラは自分の命の危険を感じて、必死になって叫んだ。
セーラの言葉にセーラのほうを振り向いた額田王は、きっとなった顔でセーラをにらみつけると、「お前は私の姿をとって、私の魂を奪ったではないか」と答えた。
「魂を奪う?どういう意味でございますか?もし額田王様が写真を撮られて危害に遭われたとお思いなら、私の写真を撮って、そのようなことはないと証明して見せます」
セーラの切羽詰った顔を見て、額田の恐怖は少しやわらいだようだ。少し冷静になった声で、額田は言った。
「お前が自分の写真を撮ると申すのか?」
「そうです。そうすれば、額田王様に危害を及ぼすものではないかとお分かり願えるのではないでしょうか?現に、写真を撮ったあと、額田王様、気分が悪くなられましたか?」
セーラは動揺する心をできるだけ抑えながら、冷静を装って、額田を何とか説得しようとした。額田は、セーラの言葉の言葉に心を動かされたように、
「面白い。それでは、自分の姿を写してみよ」と答えた。
「よろしゅうございます」と言うと、セーラは自分に向けて写真を撮り、すぐに額田に見せた。
「ご覧ください。私が写っておりますが、私は何ともありません」
額田はセーラの写真とセーラをしばらく見比べていたが、
「確かにお前が写っておる。お前は平気なのか?」
「勿論平気です。もし額田王が写真がお好きでないなら、額田王の写真を消します」
「もしも、私に危害を及ぼすものでないなら、消す必要はない。おもしろいおなごじゃ」と、セーラに向かって言うと、今度は従者に向かって、
「この者を下女として、使うがよい」と、言って、奥に消えてしまった。
セーラは殺されずにすんだことに感謝したものの、下女として使われるなんて、真っ平だと思ったが、逃げることもできなかった。セーラは、引っ立てられるまま、台所らしきところに連れて行かれた。そこには、3人の女が、忙しそうに、働いていた。その女の中で一番年上と思われる女に向かって、額田の家来は、
「この女を、下女として使えという額田王様のご命令だ」と伝えて、セーラを残してすぐにスタスタと去ってしまった。
年かさの、きたならしい着物を着た女は、不安げにつったっていたセーラを見て、上から下に視線を走らせ、
「そこにつったっていないで、さっさと水を汲んできな」と、ぶっきらぼうに言うと、どこかに消えてしまった。
水を汲みに行くと言っても、水を入れる容器とか、どこに水を取りに行くのかも分からない。セーラが呆然として突っ立っていると、まだ15歳くらいと思われる、そばかすだらけの小柄な少女が、セーラに近寄って、
「はい、これ」と5リットルの水がゆうに入りそうな大きな水がめを手渡した。受け取ると、どっしりと手に重みがかかる。
「こんな重いものに、水を入れるの?」とセーラが聞くと、その女は、無邪気そうな顔をして
「そうよ。今まで水汲みは私の仕事だったんだけれど、あんたがやってくれるみたいだから、嬉しいわ」と答えた。そして、
「私はお里と言うんだけれど、あんたの名前は?」と聞いた。
「セーラ」
「セーラ?あんた、倭国の人間じゃないみたいだけれど、どこから来たの?」
お里が聞いたとき、後ろで、あの年増の女の怒鳴り声がした。
「何を無駄口叩いているんだ。どこに水を汲みに行けばいいか、教えてやんな」
お里は、首をすくめて、素直に
「はい、お香様」と言うと、セーラに向かって
「水は近くの川まで汲みにいくのよ。ついて来て」と、水がめを頭にのせると、さっさと歩き始めた。セーラもまねをして水がめを頭にのせると、重い。頭の上でバランスがとれなくて、ぐらぐらするのを両手でしっかり押さえて、お里のあとを追った。
お里のあとをついて、谷に向かって山道を歩いていると、獰猛な感じのひげを生やして獣の毛皮を羽織った男に出くわした。まるで狩をするように、その男は弓矢と剣で武装していた。男の後ろからやせ細ったぼろ切れを着たような男達十数人が、数珠繋ぎのようになって歩いているのに出くわした。一行の後ろには、先頭の男と同じような頑丈な感じの男が槍を持ってついていた。セーラは、数珠繋ぎになった男達がうつむいて黙々と歩く姿を見て、まるで屠殺場に連れて行かれる羊のようだと思った。お里は、その一行を見てもたいして驚いたふうもなく、その一行をやりすごすと、何事もなかったように、スタスタと歩き始めた。セーラは、一体あの人達は誰なのだろうかと思い、お里に聞いた。
「あの数珠繋ぎになった人達は、罪人なの?」
「いいえ。あの人達は、蘇我様のお屋敷を建てるために地方の豪族から差し出された奴婢よ」と、こともなげに言う。
「奴婢って、奴隷のことよね」と、セーラが確認すると、お里はうすら笑いを浮かべて、
「そんなに驚くことないじゃない。私達だって奴婢だもの」と、答えた。
それを聞いて、セーラはこれからどんな過酷な人生が待っているのかと思うと、目の前が真っ暗になった。

 
著作権所有者:久保田満里子

関連記事

最新記事

べんとー

10・25日のお楽しみ! 今回のお題は

カレンダー

<  2020-02  >
            01
02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー