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百済の王子(15)

~~セーラは、毎日のように、 豊璋の前に連れて行かれて、オーストラリアについて聞かれた。生活習慣、技術などが話題にのぼった。ただ技術面の質問には、どんなものがあるかは説明できても、どうすればそれができるかなんて、技術者でないセーラには全く答えられなくて、 豊璋を失望させた。そして、月日のたつのは夢のように早かった。セーラが 豊璋の家に来て、夏が来て夏が去り、秋が来て秋が去り、冬が来て冬も去り、春が来て春も去り、また夏が来た。セーラは1年も日本に住んだことは今までなかったので、四季を通して、日本の自然の美しさを再発見した。夏の蒸し暑さには正直参ったが、それでも蝉がかしましく鳴く山の木陰で涼むのは、心が和んだ。秋は、柿やナシなどのセーラにとっては珍しい果物を満喫できたし、冬の雪景色も美しかった。あっという間に一年が過ぎ去った感じだった。段々古代の日本の生活に慣れてきたとは言え、時折2015年のオーストラリアが懐かしく、目が潤むこともあった。
7月に入って蒸し暑い日が続く9日目のことだった。
その日、セーラは、 豊璋に対する講義のお勤めを終え、、 豊璋の部屋を出るときに、 豊璋から「明日は、宮殿に呼ばれているので、お前は自由にしてよい」と言われた。
それを聞くと、 豊璋に会うのが楽しみになってきていたセーラは、がっかりしてしまった。
「どこかに参られるのですか?」と聞くと、、 豊璋は笑みを浮かべて、
「明日は都に参って、天皇にお目にかかる」と言った。
「さようでございますか。お気をつけておいでなさいませ。お帰りを楽しみにしています」
セーラの口から自然とそんな言葉が出た。そして、 豊璋に段々惹かれて行っている自分に気づいて、とまどって顔を赤らめた。、 豊璋はそんなセーラに笑顔で答えた。
セーラは 豊璋の屋敷に来てから、自分に与えられた部屋と、 豊璋の部屋との往復しか許されておらず、 豊璋に会わないとなると一日中部屋に閉じこもっていなくてはいけない。この世界に迷い込んだときは命の心配をしていたが、その危険がないと分かると、自由を奪われたことがつらくなってきた。自由を束縛されていると言っても部屋の前に見張りが張り付いているわけではない。、 豊璋が出かけた日、セーラはそっと戸を開けて覗いてみると、誰の姿も見えなかった。セーラは少し大胆になってきた。そっと部屋から抜け出し、いつも 豊璋の部屋に行くときに履くわらじが外にあるのを見て、そのわらじを履いて、庭に出てみた。周りを用心して見回したが、誰も出てくる様子はない。塀の所まで駆けていって、塀につかまって外を見た。そこには、他に人家も見当たらず、広い野原が続いていた。これでは、塀の外に出ても、行くところもない。仕方なく自分の部屋に戻ろうとしたら、人声が聞こえてきて、思わず木陰に隠れた。声の主は、 豊璋の家の下男と下女だった。
「 豊璋様もお気の毒な方だなあ」と男が言うと、
「本当に。百済の国では太子の地位を奪われ、この国に人質として送られるとは」と下女が言っているのが聞こえた。
セーラは下男、下女の会話を聞いて、自分が 豊璋について、何も知らないことを改めて気づかされた。セーラはてっきり 豊璋は、この国の来賓として住んでいるものとばかり思っていた。
 豊璋も、結局は異国に無理やり住まわされているところは、自分と同じ境遇である。そう思うと、セーラは 豊璋との距離が一挙に縮まり、ますます親近感をもつようになった。

著作権所有者 久保田満里子
 
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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