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娘の恋人(2)

「こ、こんにちは、ロビン」と、どもりがちに言う私を尻目に、娘はさっさと家の中に入ってきた、ロビンも「こんにちは」とにっこりして、娘に続いて家の中に入ってきた。日ごろ人間平等主義を謳っている私だが、娘の相手は、男だとばかり信じていたので、娘がレスビアンだったことは、青天の霹靂であった。言葉を失っている私に対して、ジョージのほうが、冷静だった。

「やあ、ロビン。フィオーナの父親のジョージだ。よく来たね」と、握手までしている。

私も最初の衝撃がおさまったところで、社交辞令が言えたのは、私にしては、あっぱれであったと思う。

「疲れたでしょう。お茶かコーヒー、入れましょうか?」と、言うと、

「ロビンも私も、あんまりお茶もコーヒーも飲まないのよ。お水くれる?」と、フィオーナが言った。

幸い冷たい水が冷蔵庫にあったので、それを出した。私は、ロビンが、どんな女性なのか、気に掛かったので、すぐに質問した。

「ロビンさんは、何をしていらっしゃるの?」

「XX大学で女性学を教えています」と、ロビンはすぐに答えた。

「まあ、大学の先生なんですか」と、言うと、フィオーナがすかさず横から口を出した。

「ロビンとはね、ゲイの権利のデモであったのよ」

「ゲイの権利?」

「そうよ。ゲイのカップルに結婚を認めないなんて、おかしいわ」と、フィオーナが言う。私は、ゲイの結婚の議論は聞いたことがあるが、それに関しては一家言持っていたので、思わず強い口調で言った。

「ママは、結婚は男と女のカップルだけに認められるのは当然だと思うわ。だって男女のカップルには子供ができるけど、ゲイのカップルには子供はできないんだから、全く違うわよ」

「違わないわよ。愛した相手がたまたま同性だったからって、不利になるような法律は変えるべきだわ」と、フィオーナも負けずに強い口調で言い返した。これは、大変なことになったと思ったのか、ジョージが横から仲裁に入った。

「まあまあ、それくらいでいいだろう。二人とも、せっかくロビンさんに来てもらったのに、ロビンさんに不愉快な思いをさせては、気の毒だろ」

ロビンはそれほど気を悪くしたふうはなく、

「まあ、お母さんのような考え方の人がかなりいますよね」と、冷静な声で言った。

それから、フィオーナの好きなお好み焼きやギョーザなど、準備していた料理で、食卓を囲んだが、気まずい雰囲気は、そのまま漂っていた。食事も終わりに近くなった頃、フィオーナが思い切ったように言った。

「私達、今度結婚することにしたの」

私は、私に相談もなく、結婚を決めたフィオーナに対して、何だか裏切られたような気持ちがした。だから、胸がつまって、すぐに言葉が出てこなかったが、ジョージは、平然とした声で聞いた。

「でも、法的にはまだ認められていないだろ」

「そうなんだけど、法律ができるまで、もう、待てないわ」

「来月の15日にシドニーで結婚式を挙げることにしたので、是非来てください」と、ロビンが付け加えた。

それには、さすがのジョージも、すぐに結婚式に出席するとは言いかねたようで、沈黙が流れた。フィオーナは、食事が終わると、

「じゃあ、私達、シドニーに帰るわ。結婚式の招待状は、あとで送るから」と、言って、さっさと帰ってしまった。一晩泊まるとばかり思っていた私達はあっけにとられたが、フィオーナは、このままお互いに気まずい思いで一泊するのは気が重くなって、予定を変更したらしい。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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