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行方不明(2)

 エリンが襲われてから1年後の12月27日にも、同様な事件が起きた。今度の被害者は10歳のアンだった。アンに初めて会った人はだれでも彼女の大きくて蒼い目に魅せられる。まるでフランス人形のような感じの女の子だった。深夜アンの家に侵入した犯人は、ここでも最初にアンの両親の手足を縛り、身動きができないようにした。しかしエリンの場合と違って犯人は寝ていたアンを起こしてナイフで脅しながらアンを連れ去った。何とか自力で手足の紐をほどいた父親によって通報を受けた警察は、すぐにかけつけた。しかし犯人は用心深い人物らしく、ここでも証拠になるようなものは、何一つ見つからなかった。両親をしばるために使われた紐も口を塞ぐために使われたガムテープも、どこの雑貨屋でも売っているようなありふれた物で、手がかりにはならなかった。覆面をしていたので、顔は勿論分からない。アンの生命が危惧され、両親は半狂乱になっていた。以前エリンの事件を迷宮入りにさせてしまった警察は、その時の汚点を取り除くためにも、全力を挙げて捜査にあたったが、手がかりになるものがなく、時間は無為に過ぎていった。刻々と過ぎる時間はアンの両親にとって、拷問を受けているに等しかった。そして24時間が過ぎた。その翌朝、アンの家の近くの公園で、目隠しをされ手足をしばられて芝生の上に転がっていたアンを、犬を散歩に連れてきた老人がみつけて警察に通報した。通報を受けて、警察と共にかけつけたアンの両親は、アンの無惨な姿を見て、生きていてくれてよかったと安堵すると同時に犯人に対する憤りに胸がはちきれそうだった。保護されたアンは、ずっと目隠しをされていたので、事件の手がかりになるようなことは、覚えていなかった。

 三件目の事件が起きたのは、翌年の7月3日だった。3人目の犠牲者のジェシカは13歳だった。ジェシカはのっぽの女の子で、スポーツの得意な子だった。ジェシカはアンと同じように誘拐され、50時間に渡って暴行を受けた後、小学校に置き去りにされているのを見つけられた。命は助かったものの、ジェシカは心身ともにボロボロになって帰ってきた。ジェシカもまた警察に何も手がかりになるようなことは話せなかった。目隠しをされていたのと、恐怖でパニック状態になっていたからだ。
犯人は犯行を重ねる度に大胆になっていった。この頃になると、度重なる犯行の残酷さに、犯人には「残酷男」と言うニックネームがつけられ、小学校高学年から中学校低学年の娘をもつ親達を恐怖に陥れた。

 4人目の犠牲者になったのは、13歳のカレンだった。カレンは、今までの被害者が皆白人だったのに対して、中国人の女の子だった。他の3人の犠牲者と似ているところは、私立の学校に通っていたことだ。カレンの両親は中華料理店を経営しているおり、店は繁盛していて裕福だったが、夜は両親とも家にいなかった。だから、カレンは夜はいつも十歳の妹と八歳の弟の子守りをしていた。両親は夜子供たちだけが家にいることを心配して、家は砦のように高い塀で囲み、大きなシェパードを飼っていた。それにもかかわらず、残酷男は高い塀の上に張り巡らされていたワイヤを断ち切り、カレンのうちの飼い犬に睡眠薬の入った肉を与えて眠らせ、難なく家に侵入した。「残酷男」に襲われた時は両親は当然のことながら家にはおらず、犯人を目撃したのは幼い妹と弟だけだった。妹と弟からは覆面をしたナイフを持った男だったということ以外のことは聞きだせず、手がかりは得られなかった。警察から事件を知らされた両親は驚愕で当分物も言えなかった。今まで襲われたのは典型的な白人の女の子だったので、中国人の娘が襲われるとは夢にも思わなかったのだ。今までの事件では、被害者は3日後には帰って来ている。だから、3日も経てば帰ってくるだろうと、警察はたかをくくっていた。ところがカレンは1週間経っても行方が分からなかった。焦り始めた警察は、テレビのニュースで連日のようにカレンの写真を見せ、カレンを見つけ出すために市民の協力を呼びかけ始めた。カレンの写真をもった両親もテレビに出て、娘を返してほしいと涙ながらに犯人に訴えかけた。しかし必死の捜査にも関わらず犯人を見つけ出すことは出来ず、カレンは2週間後ピストルで頭を打ち抜かれた姿で田舎町のゴミ捨て場で遺体となって発見された。死後3日たっていた。遺体には暴行の後はあったが、手掛かりになると思われた精液はきれいに洗い落とされていた。犯人は大胆になったとはいえ、証拠となるものを全く残さなかった。犯人は頭が良く、用心深い男であることが窺えた。

 警察が、小児性愛者として前科のある者を一人一人徹底的に洗った結果、容疑者として何人かの名前が上がって来た。ところが、決め手になる物が見つからず、事件は迷宮入りした。
「残酷男」の犯罪は、カレンを最後にぴたっととまってしまった。
ある者は「残酷男」は警察の手が伸びて来たので捕まることを恐れて犯行をやめたと言い、ある者は「残酷男」は外国に行ったのだと言い、またある者は「残酷男」は死んでしまったのだと言う。しかし本当のところは誰にも分からなかった。



次回に続く.....

著作権所有者・久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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