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前世療法(5)

第三章 前世療法ワークショップ

 玲子が連れて行ってくれたコミュニティーセンターには、すでに5人ばかりの人が集まっていた。皆知らない人たちばかりで、メルボルンには、結構日本人がいるんだとびっくりした。そういえば、いつだったか、総領事がメルボルンは日本以外の都市では、11番目に日本人の人口が多い都市だと言っていたのを思い出した。玲子は、きょときょとあたりを見回して、いかにもヨガの先生という感じの小柄でほっそりしている30代の女性を見つけると、

「リリー、私の友達の佐代子さん。そして、こちらがリリーさん」と二人を引き合わせてくれた。

「ようこそ。前世療法を受けるのは初めてですか?」

「ええ。前世療法という言葉自体、聞いたのは初めてでした」

「そうですか。今日は過去生が見れるといいですね」

リリーは物静かな言い方をする、優しい感じの人だった。参加費の50ドルを渡すと、私は玲子とマットレスの敷かれた床に腰を下ろして、開始時間までたわいないおしゃべりをして過ごした。

 開始時間の2時になると、全部で10人参加者が集まった。女性9人に男性が1人。玲子以外には、今まであったことのない人ばかりだった。それぞれが名前だけの自己紹介をした後、リリーの前世療法の説明があった。

「皆さんが普段気づかないところに潜在意識があり、そこには過去の経験などがつまっています。潜在意識のふたをあけることによって、過去生を見ることができます。潜在意識を引き出すうえで一番有効な方法は、催眠をかけることです。ところが残念ながら10人が10人催眠にかかるわけではなく、30%くらいの人は、何も見えないかもしれません」という説明が終わって、いよいよ催眠を受ける態勢になり、皆床に横たわった。

 何が起こるのか、佐代子は少し胸がどきどきした。瞑想に合いそうな、ソフトな音楽をバックグラウンドに、リリーの物静かなやさしい声が耳に入ってくる。

「さあ、目をつむってください。そして体をリラックスさせてください。まずは、頭から…」と、体全体をリラックスさせていくように言われ、佐代子は、言われたように、体の力を抜いて行った。

「さあ、あなたはお花畑にいます。その花を見てください。何色ですか?花弁はどうなっていますか?臭いをかいでください」と、段々誘導された。

「さあ、お花畑を抜けて川を渡るともやが見えますが、その向こうに、過去のあなたがいます。さあ、あなたはどこにいますか?何が見えますか?足を見てください。あなたは、どんなものをはいていますか?あなたは、どんなものを着ていますか?何をしていますか。」と、ゆっくりと間をおいて、質問され、佐代子は、その質問に従って、頭に色々思い浮かべた。佐代子は中世のヨーロッパの山のふもとの村にいた。年は18歳くらいの女性だった。何やら、他人待ち顔で、夕暮れ時、山の向こうを眺めている。

リリーの、

「さあ、その過去の自分をハグしてください。そして、大丈夫だよと言ってください」という言葉を聞いた途端、突然、佐代子の目に涙がぽとぽととあふれ出て来た。思わぬ、感情のうねりに、佐代子自身が戸惑いを感じた。過去の自分をハグすると、その過去の自分の悲しみが全身をおおったのだ。

「どうなっちゃったの?私は誰を待っているの?」そう思っても、答えは出てこない。

そうして、その回答をさがしているうちに、

「それでは、催眠をときますよ。10から数を数えて1になると、あなたは目をさまします。10、9、8、…」とリリーの声がして、佐代子は催眠から目覚めた。でも、目が覚めても、物悲しい気持ちは残った。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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