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前世療法(8)

第四章 佐代子の個人セッション

 翌日、リリーに個人セッションを申し込んで、5日後に予約を取った。

 個人セッションは、大体、ワークショップと同じ手順で進められた。もっとも、体を横たえたのは床でなく、リクライニングの寝心地の良い寝椅子だったことと、時間をもっとかけて、リリーが質問するたびに、答えていくことが違った。

 最初のリラックスする段階が終わり、自分の過去生を見る段階になると、

「それでは、何が見えますか?」とリリーが聞いた。

佐代子は、ワークショップで見た場面がよみがえってきた。一人ポツンと座っている。背景には高い山があり、佐代子はアルプスの少女のような服を着ている。見たままを、リリーに伝えた。すると、リリーは質問を続けて行った。

「あなたは、何歳くらいですか?」

「18歳くらいです」

「名前は、何て言いますか?」

すると、自然に佐代子の頭に「ハリオット」という、名前が浮かんだ。佐代子がそう告げると、そのあとのリリーは、ハリオットと呼びかけながら、指示を出した。

「ハリオット、それでは、あなたが17歳だった時のことを思い出してください」

すると、一気に場面が変わって、佐代子は、母親と一緒に料理を作っている場面を思い浮かべた。母親は、ウエーブのかかった金髪で青い目をしていた。優しそうな感じの美しい人だった。なんだか、二人で楽しそうにおしゃべりをしながら、ローストを焼いたり、ジャガイモを切ったりしている。テーブルには、たくさんのご馳走がのっている。どうやら、村のお祭りの日のようだ。すると、父親が若者を連れて、家に帰って来た。

「その若者は、だれだかわかりますか?」

「顔はよく分かりません。でも、私はこの若者に恋をしているようです。胸がドキドキしているのが自分でも分かります」

「若者の名前は分かりますか?」

「トム。母親が、彼のことをトムって呼んでいます」

「トムとあなたはどういう関係なのですか?」

「近所に住む、幼馴染のようです」

「トムは、あなたのことをどう思っているか、分かりますか?」

「たぶん、彼も私のことを好きだと思います。私を見る目の輝きで、分かります」

「それでは、トムと別れる場面を思い浮かべてください」

すると、また場面が変わった。

「私の前にトムがいます。トムは目に涙を浮かべています。トムは王様の命令で隣国との戦争で、兵士として駆り出されることになったのです。私もあふれる涙で、トムの姿がぼやけてしまっています。すると、トムは私を抱きしめて、キスをしました。とても情熱的で、長いキスでした。私も彼を抱きしめ、いつまでもこうしていたいと思いました。長いキスが終わると、私は涙ながらにかすれた声で言いました。『絶対帰ってくると、約束して』。すると、トムも『絶対帰ってくるよ。帰ってきたら結婚しよう』と言ってくれました。その翌日、村の若者たちは、村中の人たちが見送るなか、出兵しました。その若者の中にトムがいました。トムは何度も何度も振り返って私を見ました。私も彼が見えなくなるまで手を振り続けました。そして、彼の姿が見えなくなると、その場で泣き崩れてしまいました」

「それでは、現代に戻りましょう。10から1までゆっくり数えますから、現在に戻ってください。10、9、8、…」

リリーが1というと同時に佐代子はゆっくりと目を開けた。

すると、リリーが

「今日は、たくさんのことを知ることができて良かったですね」と言った。しかし、佐代子には物足りなかった。

「もっと、知りたいのですが、また個人セッション来週受けることができますか?」

「勿論ですよ。では、また来週の土曜日午後1時にお会いしましょう」と、リリーとの予約を取り付けて、佐代子はリリーの家を出た。家を出たとたん、疲れがどっと出た感じだった。頭がぼやけて、まともに考えられない。その日は、家に帰ると、早々と寝てしまった。

佐代子は、電話の呼び鈴で起こされた。時計を見ると、8時だった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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