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前世療法(14)

第八章  正二の決心

 正二から佐代子に電話がかかってきたのは、佐代子がメッセージを残して1週間後だった。電話の向こうから憔悴したような正二の声が聞こえた。

 「僕も君に話したいことがあるんだ。今晩、以前一緒に行った中華料理店で会おう」と言った。佐代子は正二の沈んだ様子を励ますように、正二をちゃかした。

「まさか、またキムが現れて、私たちのデートが台無しにされるんじゃないでしょうね」

すると、怒ったような正二の声が戻ってきた。

「そんなことない」

 佐代子は正二がなぜ怒るのか不可解だったが、それは会って見ればわかることだと思い、その晩会うことを約束して電話を切った。

 正二に会ったら、ともかく自分の気持ちをぶつけるしかないと覚悟を決め、鏡に映った自分の姿に「頑張れ佐代子」とガッツポーズを決めて、出かけた。

 前回は自分が先に行って待っていたが、今回は正二の方が早く来ていた。佐代子は正二の座っているテーブルに近づき、

「久しぶりね」と声をかけた。すると、正二がかすかに笑った。正二の頬は少しこけ、やつれたように見えた。

「もう、食事の注文は僕が勝手にしておいたからね」

「じゃあ、今回はお勧めのわさびチリソースのホタテガイが食べられるのね」と言うと、初めて正二はすまなさそうな顔になり、

「この間はごめん。あれから色々あって、君に連絡を取る気持ちのゆとりがなくて、連絡する気になれなかったんだ」

佐代子は、キムのことが原因だと直感した。色々あったというのは、どんなことがあったんだろうと思いながら、彼の次の言葉を待った。

「キムは先週死んだんだ」

佐代子は思わず

「えっ?」と言って、佐代子は驚きの声をあげた。

「それって、どういうこと?自殺したってこと?」

「いや、自殺だったのか、事故死だったのか、よく分からない死に方だったんだ」

 それから正二は、この3週間起こったことをぽつぽつと話し始めた。

 彼の話によると、あの日、佐代子の帰った後、正二はキムに前世療法の話を初めてして、佐代子が過去生での婚約者だったらしいということまで説明したということだ。

「前世が、そんなに大切なの?私たち、今を大切にしなくちゃ。今更前世での二人のつながりを聞かされても納得できないわ」と、キムは怒って席を立ったのだそうだ。

 正二は自分の気持ちをまとめかねて、キムのあとを追いかけなかった。注文した料理が出て来て、箸に手をつけたが、もう料理の味を楽しむ余裕を失っていて、砂をかむ思いで機械的に手を動かして食べたそうだ。正二は、前世療法のワークショップに行ったことを後悔し始めていた。前世で婚約者がいたことさえ知らずにいたら、今のような三角関係の宙ぶらりんの状態は起きなかっただろう。料理を半分ほど食べた後、正二は頭を冷やすため、ぶらぶら夜の街を歩きながら家に帰った。もう何もなかったことにしてキムと結婚しようか?でも、正二の心に佐代子の存在が大きくなっているのは確かだ。それを無視し通せるかどうか、自分でも自信がなかった。その晩はなかなか寝付けず、やっと明け方になってうつらうつらしただけだった。

 結局、自分の気持ちが定まるまで、自分の方からは、キムにも佐代子にも連絡をしないということだけは決めた。だから、自分から電話をかけなかっただけでなくキムからの電話も佐代子からの電話を無視した。もっとも佐代子からはあれ以来連絡が途絶えた。そして会社からは1週間の休暇を取り、タスマニアにハイキングの旅に出た。その旅のさなかでも、正二の心は迷い、決断のつかむままメルボルンに戻って来た。そうして1週間たった夜のことだった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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