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オモトサン、世界を駆け巡る(2)

 フレデリックは、駆け去るおもとを見て唖然としたが、しばらくすると顔に笑みを浮かべた。おもとの態度から、完全に拒否されたわけではないことを確信したからである。

 おもとがフレデリックの姿を見ることもなくなって、2週間が過ぎて行った。その間、おもとはフレデリックのことを思い出しては、うっとりとし、毎日彼がまた自分を待ち伏せしていないかと期待を抱いて、お稽古の行き帰り、キョロキョロと周りを見ながら歩くようになった。そして今日もいなかったと思うと深い失望に襲われた。どうやら、おもとさんはフレデリックに恋をしたようである。でも2週間もおもとの前に現れないということは、自分はからかわれたんだろうと思い始め、自分の胸の高まりを「バカバカしい」と打ち消すことが多くなった。

 そんなある日、丁稚から、「旦那様がお呼びですよ」と言われ、客間に行くと、父の佐多屋長兵衛の前に座っている客人がいた。

「おとっつぁん、何かご用ですか」と縁側に座って聞くと、

「お前に、会いたいといって、こちらの方がいらしたよ」と、客人の方に目をやったので、おもとも客人の方に目を移すと、そこには、フレデリックが座っていた。 

 おもとは思いもしない再会に、あっと驚いた。

「また、お会いしましたね、おもとさん」とフレデリックはニコニコ笑っていた。

「どうして、私の名前をご存じなのですか?」と聞くと、

「いや、使用人に色々聞いて回させて、やっとおもとさんの居所を見つけましたよ」と、何でもないように言う。

「今日は、また何の御用でいらしたのですか?」

その質問には、長兵衛が答えた。

「お前を嫁にもらいたいそうだ」

「えっ!」

会ったのは、2度だけ。それなのにプロポーズをされたというのは意外であった。とはいえ、その頃は親の決めた相手と顔も見ないで結婚するということは、普通のことだったが、今の長兵衛の言い方は、おもとを嫁にやっても構わないというように聞こえる。相手は外人である。

返事に困っているおもとを見て、長兵衛は、フレデリックに

「お返事は、後日、差し上げたいと思いますので、今日のことろはお引き取りください」と言った。

「そうですか。それでは、良いお返事を待っています」と言って、フレデリックは帰っていった。

フレデリックを送り出した後、部屋に戻った長兵衛は、

「どうだ。嫁に行く気があるか」と聞いた。

「あの方は、何をしていらっしゃる方なんですか?」

「あの御仁は、英国の駐日総領事ラザフォード・オールコック卿に英国公使館付き通訳で雇われているのだそうだ」

「それでは、外人居留地に住んでいらっしゃるのですか?」

「そうだ」

「おとっつぁんは、あの方の申し出をどう思われるのですか?」

「勿論、お前には日本人の婿をと思っていた。しかし、今の世の中は先が見えん。こんなことは言いたくないが、もし日本が外国勢を攘夷できない場合、外国人が幅を利かすことになる。だから、異国人の親類縁者を作っておくのも悪くはないように思っているんだ。お前の兄がこの店のあとを継ぐことになっているから、お前が家を出ていくことは、もうとっくに覚悟ができている。勿論お前が嫌なら、無理にとは言わない。しかし、さっきからのお前の様子を見ると、まんざら嫌いでもなさそうではないか」

「まあ、おとっつぁんったら…」

真っ赤になって、うつむいたおもとに、長兵衛は、

「今までお前を嫁にもらいたいといろんな男が言ってきたが、お前はすぐに断っていたではないか。もし、好いているなら、おとっつぁんも、お前の結婚には反対しないよ。一晩よく考えて見なさい」

 その晩、おもとさんはなかなか寝付けなかった。恋をしていた人と一緒になれると思うと、嬉しくて、一緒になったら、こんなこともしたいあんなこともしたいと色々な空想が広がっていった。

 翌朝、おもとさんは長兵衛に伝えた。

「私、あの人のもとに行きます」

長兵衛も手放しで喜ぶと思っていたおもとが、長兵衛の顔に陰りが見えたので不安になった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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