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おもとさん世界を駆け巡る(10)

 フレデリックは、梅雨が明けたころ、おもとさんのもとに戻ってきた。

普段は信心のないおもとさんだが、フレデリックの無事を祈って、念仏を唱えていた。だから、フレデリックが帰って来た時、真っ先に出てきた言葉は、

「お怪我は、ありませんでしたか?」と言う言葉だった。そんなおもとさんの心配顔を見て、フレデリックは

「こんなに、ぴんぴんしているよ」と、くるりと回って満面の笑みで答えた。

「この2か月間は無茶苦茶に忙しかったよ。交渉の通訳をしたり、ジャパン・ヘラルドに頼まれて、状況を説明する記事を書いたりしたからね」

 おもとさんはそれを聞いて、夫の活躍ぶりに誇らしい気持ちになった。

 その頃は英字新聞が発行されるほど、外国人の数は増えていたが、外国人に対する襲撃は、そのあとも後をたたなかった。

 この年の10月14日、外国人が武州久良岐郡井土ヶ谷村(今の横浜市南区井土ヶ谷町)で何者かによって殺害されたというニュースが各国の領事に連絡が入った。フレデリックはアメリカ領事のジョージ・フィッシャー、や日本の役人とともに、馬に飛び乗って、現場に駆け付けた。フレデリックが村に到着した時は遺体には筵がかけられていた。筵を日本人の役人がとると、そこに現れたのは、血まみれになったフランス人の陸軍の少尉、アンリ・カミュだった。フレデリックは、カミュとはパーティーや会議などで会ったことがある。今まで生麦事件など、外国人殺傷の事件は頻繁に起こっていたしフレデリック自身も攘夷派からひどい目にあったことがある。しかし、顔見知りが殺され、実際にその無残な死体をみると、恐怖が突き上げて来て、体がぶるぶる震えた。井土ヶ谷事件と呼ばれるこの事件は、幕府の役人の必死の捜査も甲斐なく、犯人は浪人姿だったということしか分からず、迷宮入りしてしまった。

おもとさんも、事件の概要をフレデリックから聞き、暗澹たる気持ちになった。自分は日本人だけれど、自分の愛する人は外国人である。同胞である日本人が愛する人を傷つけることに対して、深い悲しみが沸き起こってきた。しかし、おもとさんにはどうしようもない。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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