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おもとさん世界を駆け巡る(11)

その頃の幕府は、少しでも攘夷派を慰撫しようと、横浜港を閉港できないかと、米国やオランダの領事に打診したが、思うようにはことが運ばなかった。米国とオランダに続いてフランスの領事にも打診しに来た。横浜鎖港談判使節団の正使、池田長発が横浜でフランス公使デュシェーヌ・ド・ベルクールに面会を申し込んだが、公使の代わりに現れたのが、フレデリックだった。

フレデリックは池田に会ったあと、フランス公使と話し合い、フランスにとって十分な賠償金をとるいい機会だということになり、その翌日に、外国奉行の竹本甲斐守宛に、下記のような内容の手紙を書いた。

「幕府が鎖港を求めるよりも先に、フランスに対する攻撃を謝罪する必要があろう。下関事件や井土ヶ谷事件の事情弁明を目的とした使節団をフランスに、送っては、いかがなものであろう」と言う内容の手紙であった。

幕府はフレデリックの提案を検討した結果、池田を団長とした横浜鎖港談判使節団をフランスに派遣することに決めた。

その交渉の通訳としてフレデリックは使節団に同行したいと思い、池田にフランス公使宛に、フレデリックを通訳兼案内人として同行させたいという願いを出すように、密かに頼み込んだ。

ある日、フレデリックは興奮した面持ちで家に帰ると、

「おもと、今度フランスに行くことになったぞ」と、おもとさんに告げた。そして続けて言った言葉をおもとさんは信じられなかった。

「お前も一緒に行こう」

一瞬、フレデリックが何を言っているのか分からなかった。

「私も、フランスに?ご冗談でしょ。うちには小さい子供が二人もいるのに」

「子供は乳母を雇って頼めば、大丈夫だよ」

「でも、」

躊躇するおもとさんに、

「これを逃したら、もうフランスに行くチャンスはないかもしれないぞ」と言う。フレデリックはおもとさんを召使として登録して、旅費全額幕府負担の旅行をするつもりだった。

おもとさんは、フレデリックと結婚したくらいだから、好奇心が強く、一度は外国に行きたいという気持ちはあった。でも、行けば半年は帰ってこられないだろう。半年も子供たちの顔を見られない生活は、考えられなかった。

「ちょっと、考えさせてください」

と、あくまでもおもとさんは慎重であった。

 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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