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ある企業家の死(2)

最初は会社経営に至ったいきさつを聞くつもりだった加奈は、余りにも年齢差のある夫婦に興味を持ち、家族のことから聞いた方がいいかもしれないと、予定を変更した。
「ご家族は奥様だけですか?お子様は?」
「子供はいないよ。もっともエルサという犬が、僕の子供のようなもんだがね」
そう話しているうちにコーヒーを持ってきた家政婦の後ろについて、大きなラブラドールがついてきた。その犬を見ると、佐伯は目を細め、
「エルサ、こっちにおいで」とエルサを呼ぶと
「これが、私の娘のエルサですよ」と言いながら、頭を撫ぜた。
加奈は佐伯に
「インタビューを録音させてもらってよろしいでしょうか?」といったん佐伯に許可を取って、ボイスレコーダーのボタンを押し、メモ用紙を片手に持って、質問を続けた。
「奥様とはどこで知り合われたんですか?」
「友達が紹介してくれたんだよ。若い子と結婚したいと言ったら、沙由紀を連れて来たんだ」
「結婚して、どのくらいになられるのですか」
「3か月」と、これは沙由紀の方が答えた。
「奥様は、佐伯さんのどんなところに惹かれたんですか?」と聞くと、沙由紀はニヤッと笑って、
「そんなこと、分かっているでしょ。お金よ」とはすっぱな口調で答え、タバコに火をつけて、煙をふかし始めた。これには加奈は戸惑ってしまった。こんなにはっきりと本音をはくとは思わなかったからだ。沙由紀のそんな態度に佐伯は、苦笑いをしているだけで、何のコメントもしなかった。加奈は最初は色々聞きたいと思ったが、これ以上、夫婦のことを聞くのはためらわれ、トピックを変えることにした。
「佐伯さんは事業を手広くやっていらっしゃっていますが、どんな事業から始められたんですか?」と聞くと、
「戦後、物がない時に、くず鉄を拾い集めて売って、一財産なしたんだよ。それから、不動産会社を作って、バブルがはじける前は地上げ屋も雇って、どんどん住宅を買いあげてマンションを作って売って金を作ったんだ。バブルがはじける前に、不動産でもうけた金で金融業も始めたんだ。これがまた成功してね。最後に手掛けたのが酒類の販売会社だ」
「それでは、すべて順調に行ったわけですね」
「まあ、そうだな」
「資産としていくらくらいお持ちですか?」
「そうだなあ。50億と言ったところかな」
「50億?」加奈には個人で持つお金として、余りにも多額なので、目をまん丸くした。そんな加奈の様子を見て、佐伯は面白そうに、
「君、僕の愛人にならないか?君が今貰っている給料の2倍は出すよ」と本気とも冗談ともつかないような口調で言う。
自分の妻の前で言うことではないだろうと、加奈は沙由紀の方を見やったが、沙由紀は涼しい顔をして、
「あ~ら、また愛人を増やすつもり。あなたって本当に若い女には目がないんだから」と言う。
加奈は、「なんだこの夫婦は」と嫌悪感をもった。それでも仕事だからと、インタビューを続け最後に聞いた。
「佐伯さんの財産を築き上げた、そのエネルギーの原動力は何なんですか?」
すると、佐伯は「それは、色んな女を抱きたいからだよ」というのを聞き、こんな質問するんじゃなかったと後悔したが、それに追い打ちをかけるように佐伯は言った。「金は命より重いからな」


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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