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ある企業家の死(3)

加奈は佐伯の家を辞して、会社に戻る道々「佐伯って男は何を考えているのだろうか?金さえあればどんな女も自由になると思っているのか」と思うと、不快感が込み上げてきた。
 その後、何とか編集長の要求したように2ページの記事にまとめ上げたが、もうあんな男には会いたくないと思った。そして、次々与えられる仕事をこなしていくうちに、次第に佐伯のことは忘れて行った。
 加奈はあんなにもう2度と会いたくないと思っていた佐伯だったが、3か月後のある日会社に行くと早速編集長から呼ばれた。
「佐伯信二が死んだことは知っているだろ?」と編集長から言われ、何も知らなかった加奈は、思わず「はあ?」と間抜け顔をしてしまった。
「佐伯信二が死んだんですか?」
「うん。昨夜死んだと言うことだが、死因は急性覚せい剤中毒症だということだ。警察は自殺か他殺かまだ決めかねているそうだが、これは面白い事件だぞ。君は、佐伯信二のインタビューをしたことがあるだろう?だから、すぐに彼の死について取材して記事を書いてくれ」と言われ、取り合えず、亡くなった現場である佐伯の自宅に駆けつけた。3か月前に来た時は静かな高級住宅街だったが、今朝は佐伯の家の前は報道陣と野次馬に取り囲まれ、人でごった返していて、家には近づけそうもなかった。家の前は黄色い警察のテープで仕切られている。これでは、どうしようもないと、家に近づくのは諦め、近所の人から話を聞くことにした。
 まず隣の家に行き、呼び鈴を押したが誰も出てこない。そしてその隣も居留守を使っているのか、誰も出てこなかった。皆、事件にかかわるのが嫌なのか、それとも本当に留守なのか、それからも10軒くらい呼び鈴を押したが、なかなか誰も出てこない。やっと11軒目に出てきた奥さん風の中年女性に佐伯家のことで何か知っていることはないか聞くと、「うちはあのお家とはお付き合い、ありませんから。あそこの奥さんって50歳年下だったんですって?」と反対に興味津々に質問され、そうそうに引き上げた。加奈は事件記者ではないので、そう言った調査は苦手である。まず、警察の発表を聞いた方が良いと、聞き込みは諦め、捜査本部の置かれた世田谷署にでかけた。
昼過ぎに記者会見が行われた。記者団を前に、警察幹部と思われる50代のいかつい顔をした男が両隣に部下の警察官と思われる中年の男を従えて、捜査の進行状況を発表した。
「昨夜、佐伯信二さん77歳が自宅の寝室で死んでいるのを家政婦が発見し、警察に通報しました。死因は急性覚せい剤中毒症によるものでした。今警察は、自殺、他殺と両方の可能性を考えて捜査にあたっています」
警察は自殺の可能性もあると言っているが、加奈の推測では、あんなに生きることに対してどん欲な男が自殺するとは思えなかった。そうすると、他殺と言うことになる。他殺なら、あの佐伯の妻が犯人に違いないという確信がある。あの女ははっきり金目当てで結婚したと言っていたではないか。
 記者の一人が質問をした。
「自殺とすると、その原因は何だと考えられていますか?」
「佐伯さんの奥さんの話では、佐伯氏のかわいがっていた犬が10日前に死んで、随分落ち込んでいたと言うことです」
加奈は、佐伯がいかに犬をかわいがっていたか目の当たりに見たものの、「それはないでしょ」と心の中でつぶやいていた。沙由紀が自分に容疑がかかることを避けるために、そんなことを言ったとしか思えない。
その記者は続けて、「他殺だと思われるのなら、その根拠は何ですか?」
「それは、今のところ、死因となった覚せい剤の入手方法が分からないからです。佐伯さんは誰に聞いても、覚せい剤を使用することはなかったというのです」
「そうですか」
 その後誰からも質問がでなくて、記者会見は終わった。結局、今の時点では、何も分からないと言うことになる。

注:これはフィクションです。
著作権所有者:久保田満里子



 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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