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ある企業家の死(5)

「これから、どうされるつもりですか?」と、加奈が聞くと、
「気分がくさくさするから海外旅行に出かけたい気分だけれど、警察から遠出をしないでくれとくぎを刺されたから、海外旅行は無理みたいね」と、警察から足止めされているのが忌々しいと言う風に沙由紀は答えた。
加奈は、沙由紀の自分勝手さにあきれ果て、「全く、この女ときたら、人が死んだというのに、のんきなことを言って」と、腹立たしくなってきた。でも、せっかく会ってくれたんだから、このチャンスを大いに利用すべきだと、記者根性が頭をもたげてきた。
「佐伯さんは莫大な財産を残されたと思いますが、それをどう使われるつもりですか?」
「そうね。今のところ、どうお金を使うかなんて、考えていないわ」
「そうそう。佐伯さんには親御さんかご兄弟はいらっしゃらないのですか?」
「親御さん?もうとっくに死んでるわ。弟が4人いると言うことだけど、私達の結婚式にも顔を出さなかったし、犬猿の仲のようよ。パパが亡くなったというニュースは耳にしていると思うんだけれど、弔問もないわ」
「お知らせにはならなかったのですか?」
「教えるも何も、私はパパの兄弟がどこに住んでいるのかも知らないわ」
「でも、法的には沙由紀さんが財産の4分の3、そして弟さんたちが4分の1もらう権利があるわけですよね」
財産の話をするのは不謹慎かと思ったが、週刊誌の読者なんて、こんなことに最も興味をもつ。加奈は何といっても週刊誌の記者なので、読者が興味を持つような話を書かなければいけない。
「そうね。でも会社の運営は余りうまくいっていなかったようだから、借金などを返したらたいして残らないんじゃないの」
「会社の経営がうまくいっていなかったんですか?」
「そうみたい。だから借金を清算したら10億ぐらいしか残っていないんじゃないかしら」
「10億!」加奈は、たった10億と平然と話す沙由紀が別世界の人間のように思えた。加奈は「1億でも宝くじでも当たればそれで満足なんだけれど」と思いながら、質問を続けた。
「佐伯さんは若い女性が好きだとおっしゃっていましたが、奥様以外にも愛人がいたのですか?」
加奈の単刀直入な質問に一瞬驚いた顔をしたが、急に笑い出し、
「そうね。私が隠そうとしてもすぐにばれることだから、教えてあげるけれど、実は離婚したいって言われていたの。次に結婚する相手も見つけていたらしいわ。これまた私と同じくらいの年齢の若い子。元ミスユニバースの女だって。馬鹿にしているわよね」とクックと笑った。
「それじゃあ、奥さんには佐伯氏を殺す動機って言うのはあるんですね」
「警察もそう思っているらしいから、このさいはっきり言っておきたいと思って、あなたに会ったのよ。私は確かにお金は好きだけれど、人殺しまでしてほしいとは思っていないわ。だって、こういっちゃなんだけれど、私のような美貌と若さがある女と結婚したがっている男って結構いるのよ。だから離婚されたって、かまわないと思っていたわ。掃除をしろとか家事をしろって結構口うるさい人でね。こちらもうんざりしていたところだから、あちらが離婚したいなんて言わなかったら、私の方から言っていたわ」
鉄砲玉のようにまくしたてる沙由紀の言葉には負けん気の強さが感じられた。
佐伯家を後にしたときは、加奈は正直うんざりした気分だった。加奈を自分の味方につけて自分の言い分を週刊誌に載せてほしいという、沙由紀の下心が丸見えだったからだ。
 佐伯が沙由紀と離婚したがっていたのなら、沙由紀が、離婚されて財産が手に入らなくなるのに焦りを感じて殺したのだろうことは容易に想像できる。
 加奈は会社に戻って、沙由紀の言ったことを記事にしたが、勿論沙由紀が限りなく黒に近いと言うことをほのめかす文章をちりばめることも忘れなかった。この記事を読んで沙由紀が怒っても仕方がないと思った。読者を怒らせるのは、まずいと思うが。書き上げた記事を編集長に見せたら、「まあ、いいだろう」と言ってくれた。そして、「これからどんな進展をするか分からない事件だから、これからも佐伯の死に関する情報を収集して第二弾の記事も書いてくれ」と言われた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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