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ある企業家の死(9)

皆の佐伯の死に関する関心が薄れていくのと比例して、加奈も段々佐伯の事件に興味を失ってしまった。あんな男が死んだって、誰も悲しむものがないとも思った。
 それから1年たち、加奈はある日、咳が止まらなくなって、病院を訪れた。そこで、思わぬ人物を見かけた。名前は憶えていないが確かに佐伯家の家政婦だった女だ。その女が白衣の男と親しそうに話しながら、目の前を過ぎて行った。家政婦とは2度しか会っていないのだが、家政婦も怪しいとライバルの週刊誌に書き立てられ、写真も何度も掲載されたから、顔だけは覚えていた。たいして知りもしない相手なので、追っかけて行って話しかけることもないと思っていると、「藤沢さん」と看護師に呼ばれ、加奈は医務室に入っていった。
 病院で処方箋をもらって、薬局によってからの帰り、あの家政婦の姿が心に引っかかった。
 佐伯の殺害事件は、覚せい剤の入手先が分からず、迷宮入りになったが、覚せい剤を扱うのは、何もヤクザ等、危険な人物とは限らない。医者だって、入手可能だろう。そう考えると、加奈の想像はどんどん膨らんでいった。家政婦が、親しくしている医者から覚せい剤をもらって、佐伯のビールに入れる。こういうこともあり得るのではないか。しかし、家政婦にとって、佐伯の死には、何のメリットもない。そうなると、動機は何なんだろうか?家政婦の証言では、沙由紀と矛盾する証言もあった。家政婦は、佐伯の死後、佐伯の引き出しの中に薬に袋を見たと言っているのに対して、沙由紀はそんなものはなかったと主張している。
家に帰って、ベッドにもぐりこんだものの、色んな憶測が頭に浮かび、なかなか眠られなかった。
 その晩うとうととした頃、変な夢を見た。家政婦が、薬の袋のようなものを沙由紀に渡している夢だ。朝目覚めた時、夢で見た場面を思い出した。見た夢はたいていすぐに忘れる。しかし、その夢だけは心に引っかかった。
 夢を見た日の朝、病院で佐伯の家政婦を見かけたことと自分の見た夢を剛に話した。すると、剛はにやにやしながら、「加奈先輩、サイキックになったんですか?」とからかうように言った。加奈はそんな剛の態度に腹が立ち、「結局、覚せい剤の入所先が分からなかったんでしょ?家政婦が知り合いの医者に頼んで手に入れてもらって、それを沙由紀に渡した可能性だって否定できないでしょ?」と、反発をした。そうすると、やっと剛も真面目な顔になって、「確かに、その可能性は考えられますね。警察に話したらどうですか?」
「でも、捜査本部はとっくの昔に解散になっているわけだから、警察に話すって、まず誰に話したらいいか、分からないわ」
「加奈先輩、まさか、自分で調査してみるなんて言うんじゃないでしょうね」
「編集長に話して、許可が下りたら、自分で調査するわよ」
結局、加奈は、今手掛けている記事に手抜きをしないなら、調査してもよいと、編集長から許可を取り付けた。 

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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