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人探し(1)

メルボルン在住の坂口正雄は、夕食後、いつもインターネットを見るのを楽しみにしている。40歳で離婚をして一人暮らしを始めた正雄にとって、インターネット検索はお金もかからない格好の暇つぶしとなる。日本のサイトを見ることが多いのだが、その晩は、「人探し」と書いてあるブロッグに、何となく心が惹かれ、そのブログを読んでいった。
「僕は、藤沢聡と言いますが、僕は、1970年3月27日に、東京にあるXXX病院で生まれました。」
そこまで、読んで、正雄は「おや?」と思った。それと言うのも、この藤沢なる人物、正雄と同じ日に、同じ病院で生まれているようだからだ。それから、ドンドン読み進めていくにしたがって、正雄の心臓の鼓動が早くなっていった。
「僕は、どうやら、生まれた時に、病院で、他の赤ん坊と取り違えられたようなのです。僕の両親は二人とも血液型がA型なのに、僕はB型なのです。両親にはB型の子供が生まれるはずがないのです。母は、僕が小学校に上がる時に受けた血液検査で、そのことを知り、衝撃を受けたそうです。母は、どうしてこんなことになったのかの真相をつきとめようと、すぐにXXX病院に行ったそうです。ところが、病院側は、自分たちがそんな手違いをするはずはないと主張し、挙句の果ては、母が浮気をして産んだ子だろうとまで言ったそうです。何度も病院に足を運んだそうですが、取り付く島もない病院の対応に、母は途方に暮れてしまったそうです。それどころか、父まで母の不貞を疑い始め、酒を飲んでは家に帰るようになり、夫婦げんかが絶えなくなり、僕が8歳の時、両親は離婚をしてしまいました。母は僕を連れて実家に帰りましたが、母の親戚の者から、僕は母が浮気をして産んだ子だと聞かされ、子供心に、母を恨んで育ちました。祖父は僕をかわいがってくれましたが、保険の外交員となって一家の生計を切り盛りしていた母には、いつも冷たくあしらわれました。でも、どうして母に疎まれるのか、僕には分かりませんでした。自分の過ちで僕を生んでしまったのだから、僕が非難されるいわれはないと思ったのです。母は、僕が20歳の時、真相を打ち明けてくれました。僕が、母の子ではないと知った時の驚きは、どう表現したらよいか、分かりません。しばらくたって、気持ちが落ち着くと、血液型の違いから僕が自分の子ではないと知ってからの母の葛藤を思えば、育ててもらえただけでも感謝しなければいけないと思い直しました。今なら、僕と母の遺伝子を調べれば、僕たちには親子関係はないと分かり、父にも誤解をされなくてもすんだはずなのに、その頃はDNA鑑定なんて、ない時代でした。僕が実子ではないことを胸に秘めながら、僕を育ててきた母の気持ちを考えると、母に何とか恩返しをしたいと思い始めました。母と本音を出して話し合ったら、母は今でも実の子に会いたいと言っていました。僕だって、自分の実の両親がどんな人たちなのか、知りたいです。この僕のブログを読んだ人の中で、何か手がかりになるようなことをご存知の方は、お知らせください」
 正雄は、最後まで読み終えると、自分が藤沢の探している男だと、確信した。自分が病院で取り違えられたと考えると、今まで不思議に思っていたことが、腑に落ちる。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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