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人探し(3)

目が覚めた時は明るい光が薄っぺらい安物のカーテンを通して差し込んでいた。完全に眠気は取れなかったが、もしかしたら、藤沢から返事が来ているかもしれないと思うと気がせいて、ベッドから起きて、コンピュータを作動させた。メールを見ると、1通新しいメッセージが入っている。はやる気持ちを抑えながら、すぐにメールを開けてみた。思った通り、藤沢からだった。
「メール読みました。正直言って、こんなに早く、本当の藤沢聡(?)さんと会えるとは思いませんでした。同じ病院で同じ日に生まれたと言うこと、それに血液型。きっとあたなが僕の探し人に違いありません。母は面長ですが、父はあなたと同じように、四角い顔で、眉毛が濃いです。
 実は僕は母からへその緒をもらって、持っています。これは僕のへその緒かもしれませんが、あなたのへその緒だと言うことも考えられます。僕のものかどうか、近いうちにDNA鑑定をしてもらおうかと思っています。もしも、僕のへその緒でなかったら、あなたのものに違いありません。僕のへその緒ではないことが分かったら、そのへその緒があなたのものかどうかDNA鑑定をしてもらってください。それが、一番手っ取り早い方法だと思います。そして、へその緒があなたの物だったら、僕の母に会ってください。あなたもおっしゃる通り、もしも間違いだった時のことを考えると、すぐに母に会ってもらうのは、差し控えた方が賢明だと思います。
 12月23日は、僕の休日なので、12月23日午後2時に、JR新宿駅の南側にある、喫茶「ルノアール」で、お会いしましょう。
 お会いできるのを楽しみにしています。
        藤沢聡」

 正雄は、すぐに返事を書いた。
「12月23日午後2時に、JR新宿駅の南側にある、喫茶「ルノアール」。了解です。
へその緒の鑑定が出たら、すぐに教えてください」
 正雄は時計を見て、驚いた。興奮していたためか、メールを送るのに時間がかかったのに気が付かなかった。あと10分で家を出なければ、会社に遅刻する。朝ご飯も食べないで、顔を洗ってそそくさと服を着替えると、家を飛び出した。
 正雄は会計士をしているのだが、その日の正雄は、すぐに藤沢の言葉を思い出し、気がそわそわして、仕事に手がつかなかった。幸いにも最近は年末も迫っているせいか、依頼人は少なく、仕事がたまると言うことはなかった。
 正雄は5時の終業時間が来ると、会社を出て、まっしぐらにメルボルンの郊外、クレイトンに帰った。アパートに着くと、すぐにxxx病院を検索してみた。
そこには、「東京で3番目の施設を誇る総合病院」と書いてあった。産婦人科以外にも内科、外科、眼科、耳鼻咽喉科など、どの科もある病院だった。もし、自分が藤沢と取り違えられていたのなら、絶対訴えてやると、コンピューターの画面を見ながら思った。
自分は恵まれた生活をした。だから取り違えられたとしても、不満には思わない。でも、藤沢聡と、母親の人生は、滅茶苦茶にされたのは事実だ。正雄は正義感がむらむらと湧き上がってきた。
 2週間後、藤沢のメールが入っていた。そこには、次のように書かれていた。
「へその緒の鑑定書が届きました。95%の確率で不一致と書いてありました。ですから、このへその緒は、あなたの物だと考えられます。今度日本でお会いした時、DNA鑑定をしてもらいましょう。
  ところで、あなたの方は、へその緒を持っていますか?持っているようだったら、それが僕のものかどうかも鑑定したいのですが、借りることはできますか?
12月23日にお会いする時に、へその緒を持ってきてください」
 正雄は藤沢の要望に、どのように答えればよいか、考えた。へその緒は母が大事に引き出しにしまっているのは知っているが、黙って持ち出すのもまずいような気がするし、そうかといって、持ち出すことに対して、どんな口実をつければいいのか良い考えが浮かばない。口実を考えていると、面倒になってきて、結局、内緒で持ち出すことにした。へその緒が1週間ばかり引き出しから消えたとしても、誰も気づきはしないだろうと思った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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