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人探し(4)

日本に帰る前は、オーストラリアの知人にクリスマスカードを書いたり、家族へのクリスマスプレゼントを買ったり、知り合いにお土産を買ったりと忙しく、あっという間に日本帰国の日になった。
 正雄は真夜中にメルボルンを出発する日本航空の成田への直行便で、予定通り、1月20日の朝には、東京の両親の家に着いた。
 玄関の戸を開けて、「ただいま」と家の中に入ると、相好を崩した母の峰子が、「お帰り!」と正雄を迎えてくれた。いつもの情景なのに、正雄は、この人は本当は僕の母親ではないかもしれないと思うと、心の中で「ありがとう」と言っていた。
 その晩は、すき焼き鍋を囲んで、家族と夕飯を食べた。父親の史郎は、久しぶりに会う息子に嬉しそうに、「メルボルンはどうだ?」とメルボルンの様子を聞きたがった。
「最近は人口が増えて、車の混雑が激しくって困るよ。電車に乗れば乗ったで、足の踏み場もないほど混雑するし、暮らしにくくなった感じだな。家賃なんてうなぎのぼりで、僕の住んでいるベッドルーム一つしかないアパートでも、週250ドルは取られるよ」
「そんなに暮らしにくいのなら、日本に戻ってくればいいのに」と峰子がいつもの愚痴をこぼす。峰子は正雄がメルボルンの大学に留学すると言った時から、正雄がメルボルンにいるのに反対している。正雄を手元に置いておきたい気持ちが強いのを正雄は知っていたから、かえって反発してメルボルンへの留学を押し切った感がある。でも、峰子にそう言ってもらえるだけ、僕は母親に疎まれた藤沢よりは幸せだなと、正雄は今更ながら思う。正雄はみんなの矛先が自分に集まるのを防ぐため、2歳年上で42歳になる姉の千尋に向って、「お姉は、結婚しないのか」と聞くと、
「いい人がいれば、すぐにでも結婚するわよ。でも、周りにいる男は不甲斐ないやつばっかりでねえ。嫌になる」
「まあ、お姉みたいに性格がきついと、男は皆逃げちゃうだろうな」と正雄が千尋をからかうと、
「何言っているのよ。奥さんに逃げられたあんたに言われたくないわ」と千尋も負けずに言い返す。正雄はオーストラリア人の女性と結婚したのだが、奥さんが上司と深い仲になり、家を出て行った。確かに千尋の言うことは間違っていないけれど、正雄としては、はなはだ面白くない。何か言い返そうとすると、
「まあまあ、二人ともいい加減にしなさい」と峰子が仲介に入り、言い合いは終わった。
「今回は、どんな予定があるの?予定のない日に、あんたにクリスマスプレゼントとしてスーツを買いたいと思っているんだけれど」と峰子が言う。
「スーツ?そんなもの一着あればいいから、いらないよ」
「だって、会社にはスーツを着ていくんでしょ?」
「普通、着て行かないよ。顧客と会うときだけだよ。スーツを着るのは」
「まあ、そうなの」と峰子はびっくりしている。日本ではサラリーマンと言えば、スーツ姿しか考えられないためだろう。
「スーツが欲しくないのなら、ほかの物を買ってあげるから、ともかく空いている日を教えてちょうだい」
「ええと、23日は、高校時代の友達に会う予定だけれど、そのほかの日だったら、いつでもいいよ」
「あら、高校時代の時の友達って、五十嵐君のこと?」と峰子に問いだされ
「うん、そう」と嘘をついてしまった。正雄はチクリと胸に針が刺さったみたいに感じたが、本当のことは言えない。
「それじゃあ、明日は暇なのね。明日一緒にお買い物に行きましょう」と峰子はうきうきして言った。
「お母さんは正雄には甘いんだから」と千尋が言うと、史郎も「そうだな」と同調する。
正雄は、家族のみんなから愛されていることを感じ、目頭が熱くなった。夜ベッドにもぐりこんで、もし自分が皆とは血のつながりがないことが分かった時、皆どのような反応をするのだろうかと考えると怖くなって、なかなか眠られなかった。それに、今までの正雄だったら、母親の買い物の付き合いなんてうっとうしく感じていたのに、この度は、いつまでも子ども扱いにする母親をありがたい存在だと思った。自分でも心境の変化に驚いた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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