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人探し(5)

翌日は、正雄は峰子に連れられて、新宿に出かけた。電車に乗った時から、人の多さに目を見張ったが、新宿駅は人、人、人と、人盛りで、歩くのもままならない。昔は人込みも全然気にならなかったのだが、最近は日本に帰るたびに、人の多さにうんざりさせられる。その日は、峰子についてデパート巡りをし、峰子が買ったクリスマスプレゼントの荷物持ちをした。峰子は、父親にはセーター、姉にはハンドバックを買い、正雄には時計を買ってくれた。お昼は正雄の好きなラーメン屋に連れて行ってくれた。ラーメン好きの正雄が、メルボルンにはうまいラーメンを食べさせるところがないとこぼしていたからだ。狭くて汚らしい店だったが、こってりとしたラーメンのスープがおいしくて、一滴も残さずに飲んで、峰子を呆れさせた。
 家に帰ると、藤沢からメールが来ていた。
「23日に、お互いのへその緒が僕たちに一致するか、鑑定してもらいに行きませんか。鑑定所は28日から1週間の休暇に入るそうなので、新宿で会う約束になっていましたが、五反田のJR駅で会いませんか。鑑定所は、五反田駅から近いし、五反田駅は改札口が一か所しかないので、迷うことはないと思います。僕は、目印に巨人のマークの入った野球帽をかぶっていきます。もし何か緊急なことがおきたら、僕の携帯に電話してください。僕の携帯番号は0924-432-909です。  藤沢聡」
「了解です。僕は青いマフラーをしていきます。僕は日本の携帯を持っていないので、電話番号を教えることができません。なかなか会えないようだったら、公衆電話からそちらの携帯に電話します。 坂口正雄」とすぐに返事を出した。
 そのメールを読んだあと、へその緒の場所を確認しなければいけないと思った。幸いにも峰子は夕飯のおかずを買いに近くのスーパーに出かけて行ったので、そのすきに、両親の寝室に入って、洋服ダンスの下にある引き出しを開けてみた。セーターなどが入っていたが、その奥の方に小さな木の箱が2つあり、一つには「坂口正雄」もう一つには、「坂口千尋」と書かれていた。自分の名前が書かれている箱のふたを開けると、まるでひからびた鶏の首のような感じのようなへその緒が入っていた。「日本人って、なんでこんなものを大切に持っているんだろう」と不思議に思った。グロテスクに見えるものをいつまでも眺めている気がしなくてすぐにふたを閉めた。最初は場所を確かめるだけのつもりだったが、また明日も都合よく皆が出払った時間を見つけるのは難しいかもしれないと思い、箱を引き出しから取り出し、自分の部屋に持って行って、スーツケースに入れた。2,3日、この箱がなくなったとしても、誰も気が付かないだろう。
 23日まで、正雄は落ち着かない気持ちで過ごした。その間、峰子が正雄の世話を焼いてくれたが、いつもはうっとおしくなって、思わず「うるさいなあ」と言うこともあるのに、今回はそんな気持ちにはならなかった。反対に正雄が峰子に「ありがとう」と言うのを聞いて、かえって峰子から「気持ち悪いわ」と言われる始末だった。幸いにも、家族の者は皆へその緒の存在さえ忘れているようだった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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