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人探し(7)

「色々お話したいのですが、お茶でもいかがですか」と正雄が切り出すと、
「勿論、僕も色々お聞きしたいことがあります。このあたりに喫茶店がありますから、そこに行きましょう」と、藤沢は、「コーヒー」と入り口のそばに木の札をぶら下げたこじんまりとした喫茶店に、案内してくれた。
「改めて、自己紹介します。藤沢聡です。僕は、今小さな会社で営業の仕事をしています」と、正雄に名刺をくれた。名刺には、 「AKK商事株式会社、営業係長 藤沢聡」と書かれていた。正雄と同じ40歳だと思えば、営業係長と言うのは、頷ける。
「すみません。僕、名刺を持っていないので、お渡しできないんですが、坂口正雄です。僕はオーストラリアにある会計事務所に勤める会計士です」と言うと、
「オーストラリアに住んでいるのは知っていましたが、いつからオーストラリアにいるんですか?」と聞くので、
「大学の時、メルボルンの大学に留学して、結局メルボルンの大学で学位を取って、そのままオーストラリアにいます」
そういうと、一瞬聡の顔が曇った。
「僕は、結局高校しか行けませんでした。家が貧しかったので、母に無理を言えなかったんです」
そう聞くと、坂口は、悪いことをしたような気分に陥った。もし、僕たちが取り換えられていなかったら、聡は経済的にもっと恵まれて、もっと裕福な生活を送れたのだ。
「そうですか。父は大学教授で、母は主婦です。姉も一人います」
「ふうん。経済的に恵まれた生活を送っていたんですね」と言われた時、何だか、自分が藤沢に非難されているように思えた。
「これは病院側の手落ちですですから、病院側に賠償を請求することができるんじゃないですか。もしも僕たちが取り違えられていなかったら、あなたの両親は離婚することもなかったし、お母さんもそのために苦しまなくてもよかったんですから」と、正雄は言ってしまって少し後悔した。藤沢の境遇には同情しても、自分の非だと思われるのは不愉快だったから反論したのだが、こう言って藤沢の気持ちを逆なでにするようになるのではないかと、危惧したのだ。
「病院を訴えようにも、僕たちは裁判を起こすだけの費用がなかったんですよ」自嘲気味に言う藤沢に、正雄は言った。
「僕は、これからでも訴えるべきだと思いますよ。弁護士の中には勝訴にならなければ、弁護士代は取らないと言う人もいるはずですから」
「そうですね。でもへその緒の結果が出てから、このことに関して話し合いましょう。ところで、あなたの家族の写真を見せてくれませんか?」
そう言われて、自分が家族の写真を持ってこなかったのに気づいた。
「すみません。家族の写真を持って来ませんでした。今度鑑定結果を聞きに行った時に持って来ます。藤沢さんはお母さんの写真を持って来たんですか?」と正雄が聞くと、
「ええ、坂口さんが見たがるんじゃないかと思って、持って来ました」と、持って来たバックから、写真を取り出して、正雄に渡してくれた。その写真には、65歳とは思えない、生活にくたびれはてた感じの女性が写っていた。髪は半分白くなり、顔はシミだらけで、顔色もよくなかった。正雄の母と余り年が違わないはずなのに、随分老けて見えるのは、それだけ藤沢の母親が苦労したと言うことであろう。そう思うと正雄の胸が苦しくなった。
「お母さんは、どんな人なんですか?」と、うつむいて写真を眺めたまま聞いた。
「辛抱強い人ですね。苦労したので、余り朗らかな人とは言えないけれど」と答えがもどってきた。峰子とは対照的な女性のようだと思った。
「あなたのご両親は、どんな感じですか?」と、藤沢は聞き返した。
「父は穏やかな人で、学究肌で、まじめな人ですよ。母は、おおらかな感じで、ほがらかな人です」
「そうですか。あなたは両親から自分の子ではないかもしれないと疑われたことはなかったのですか?」
「幸いにも母の血液型がA型だったので、疑われなかったんだと思います。でも、僕は顔が両親に似ていなかったので、ほかの人から見たら、不思議に思われたかもしれません。ともかく鑑定結果が出ないと、何とも言えませんが、近いうちにうちの家族と、あなた、そしてあなたのお母さんを引き合わせなければいけませんね」
藤沢は大きくうなずいて、「そうです。年末に集まるのは難しいでしょうから、正月明けにしましょう」
そういって、二人は3日後にまた五反田駅の改札口で午後2時に会う約束をして別れた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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