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人探し(14)

藤沢が去った後、五十嵐は、
「全く、病院も罪なことをするな」とつぶやいた。
「そうなんだ。僕はまだ育ての親がいい人だったので、幸せに暮らせたけれど、藤沢さんは母子家庭で苦労したようだ。彼に対して何だか申し訳ないような気がするよ」
「そんなこと、気にしなくてもいいんじゃないか。母子家庭になった原因が藤沢君が実子でないことが判明したからだと言って、お前が気に病むことはないさ。全て病院の手落ちなんだから。君が生みの母親と一緒に暮らしていたら、お前の両親は離婚することもなかっただろうし、藤沢さんも実の親と裕福な幸せな家庭で過ごせただろうに。でも、人の運命っていうものを感じさせられるな。神様のいたずらみたいな」
「他人事だと思って、気軽に言うなよ」正雄は怒ったように言った。
「ごめんごめん。ともかく、できるだけ君が日本にいる間に何らかの進展があることを祈っているよ」
「僕もだ。じゃあ、よろしく頼んだよ。弁護士代は、うんとまけてくれよ。僕も離婚した後であんまりお金の余裕はないからな」
「はいはい」と、五十嵐はふざけたように返事をした。
その後は、五十嵐の妻や子供の話を聞き、5時には五十嵐と別れた。
家に帰ると峰子が待っていて、早速正雄を質問攻めにした。
「五十嵐君、どうだった?」
「うん。相変わらず皆元気でやっていたよ」
「そう。五十嵐君とこの子供さんも大きくなられたでしょうねえ」
「上が中学一年生で、下が小学5年生だよ」
「いいわねえ。五十嵐君のお母さんは、孫がいるんだから。あなたも早く再婚して、孫の顔を見せてよね」
「孫が欲しかったら、姉貴に頼んだら」と正雄はぶっきらぼうに答えて、すぐに2階の自分の部屋に引っ込んだ。
「そうなんだよ、おふくろ。僕に子供ができたとしても、お袋とは何の血のつながりもないんだから」とつぶやくと気が滅入って、ベッドに転がって天井を眺めた。よく子供のころは天井の板の目を見て、色んな怪物を想像して怖くなったことを思い出した。今日は天井を見ても、板の目の模様はただの模様にしか見えない。
「明日、生みの母親に会いに行くんだな」と思うと、嬉しいような怖いような、変な気持ちになった。
 夕食の時、正雄が次の日の午後も出かけると聞いて、峰子は「え、また出かけるの」と少し不機嫌になった。
「何の用があるの?私も一緒に行っていいかしら」と言い出した時は、正雄はどう答えたものか困った。正雄に助け舟を出してくれたのは史郎だった。
「お母さん、いい加減にしなさい。正雄はもう40にもなる男だぞ。色々デートの約束もあるんだろうから、自由に出かけさせてやれ。そんなに一緒に出掛ける相手が欲しいなら、何なら僕が付き合ってあげようか」
「え、ほんと?私実は欲しいものがあるんだけれど、買ってくれない?」と、まるで少女のように目を輝かせて言うものだから、父も苦笑いしながら、
「いいよ」と言うと、
「わあ、嬉しい!」と子供のように手を叩いて喜んだ。正雄の家の家計は史郎に握られているのだ。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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