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人探し(15)

翌日は、峰子は久しぶりに史郎とデートすることになったので、峰子は正雄を気持ちよく家から送り出してくれた。北風が強く吹く寒い日だったので、手袋にマフラーと厚めのコートと耐寒対策をして、昼前に家を出た。
 正雄はお昼は、マクドナルドで、バーガーとフレンチフライズと、コーヒーですませた。オーストラリアから休暇で帰って来て、一人で日本でマクドナルドに入った時、オーストラリア流に「ポテトチップス」と注文したら、知らない外国語を聞かされたように店員が「え、何ですか?」と何度も聞き返すので、フレンチフライズを食べるのを諦めたたことがあるのを思い出した。
   マクドナルドから出ると、粉雪が降っていた。メルボルンでは雪が降らないので、久しぶりに見る雪は物珍しく、「あ、雪だ!」と思わず手袋をした手を差し出した。
「そういえば、オーストラリアの大学で同級生だった韓国人の友達が言っていたな。韓国では初雪が降ると恋人たちはデートをするんだって。僕の場合は恋人でなく、生みの親との初デートだな」と思うと、手袋に落ちてはすぐに消えていくを見つめながら、少し正雄の  口元がゆるんだ。
 藤沢と何度も待ち合わせた五反田駅の改札口に、約束の時間の30分前に着き、近くの店屋を歩き回って花屋を見つけた。そこで、赤とピンクのバラの花を買って花束にしてもらい、また五反田駅の改札口に戻っていった。すると、すでに約束の時間になっていたが、藤沢の姿は見えなかった。藤沢は約束の時間に10分遅れて現れた。
「すみません。雪でバスが遅れちゃって」
「いえ、いいんですよ。余り長く待たされたわけじゃないし」と正雄が答えると、
「それじゃあ、バスに乗りましょう」と正雄を促して、自分が今乗って来たばかりのバスに乗った。
「ここから、普通30分くらいで家に着くんですが、今日はちょっと時間がかかりそうですね」と藤沢は言った。
「母には、あなたは会社の同僚だと言っていますから、口を合わせてくださいね」
「そう言えば、藤沢さんのお仕事、詳しく聞いたことがありませんね。教えてください」
バスに乗っている間、正雄は藤沢の会社の場所や、会社組織、仕事の内容、ほかの同僚の名前など、詳しいことを聞き出しておいた。全てが頭に入った訳ではなかったが、困った時は藤沢が助け舟を出してくれると言うことで、正雄はひとまず安心した。バスは10分遅れで藤沢の家の近くの停留所に停まった。
 バス停から歩いて10分。狭い路地を歩いてたどり着いたのは、門と塀は立派なのだが、中の家は何十年も手入れをしていないような古い家だった。
玄関の扉を引いて、藤沢が
「お母さん。坂口さんを連れて来たよ」と、奥の方に向かって声を掛けると、やせ細った、65歳くらいの小柄な女性が姿を現した。正雄は彼女の姿を見た時、胸がドキッとした。血のつながりをすぐに感じたと言うのは、正雄の錯覚かもしれないが、一足飛びに心と心がつながって、懐かしいと言う感覚に襲われた。だから、即時には言葉が出てこなかった。
「坂口さんですね。聡の母親の君枝です。聡がいつもお世話になっています」と、藤沢の母親は、正雄を見ても何も感じないように平然とした態度で挨拶をした。正雄は慌てて、持ってきた花束を渡しながら、「こちらこそ、いつもお世話になっております。お母さまがバラの花がお好きだと聞いたので、持って来ました。お体の具合が良くないと聞いたのに、押しかけてしまってすみません」と頭を下げた。
「いえ、寝ているばかりでは気が滅入るばかりですから、たまにはお客様もいいもんですよ。何しろ聡は友達が余りいないので、今まで会社の人を家にお招きしたことがないんです。坂口さんが初めてなんですよ」
「そうですか?じゃあ、遠慮なく上がらせていただきます」と家に入ると、玄関のすぐそばにある応接間に通された。
 昭和の時代に建てられたと思われる応接間には、ソファーとどっしりとしたマホガニーのテーブル、そしてグラスが入ったガラス張りの棚があり、壁には紅葉した山と川が描かれた風景画がかかっていた。正雄が来た目的は藤沢聡の母、つまり正雄の実母、君枝に会うことだったが、君枝は正雄が応接間に入ると、どこかに消えてしまった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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