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人探し(25)

もう一人の赤ん坊すり替え事件の被害者、北川哲夫をみつけることができた晩、家で夕食を囲んでいる時、正雄は興奮して唾を飛ばしながら今日の発見を報告した。自分の養父母の実の息子が有名人だったと知って皆が喜ぶだろうと思っていた正雄の期待に反して、正雄の父史郎も、姉の千尋もしらけたような顔をした。
「お姉、有名人の弟がいて、良かったな」と正雄が千尋をちゃかしたが、千尋は
「これで、私達の周りは騒動しくなるわね」と、言っただけだった。
 その晩、正雄は家族の反応がいまいちだったことについて考えてみた。そして、実の子を探すことが両親のためだと思ったが、必ずしもそうではなかったような気がしだした。今までの平凡だけれど幸せな家族だと思っていたのが、見も知らぬ人間が家族の一員となることに不安を感じているのだろうと、想像できた。
 翌日の昼過ぎ、待望の五十嵐からの連絡が入った。
「何とか、北川との面談の予約が取れたぞ。明日の朝9時から30分。北川は大阪や博多での興行が入っていて、明日の昼には東京を離れて、1週間東京を留守にするそうだ」
「30分か。藤沢さんも言っていたけれど、北川にDNA鑑定のために唾液を提供してもらって、確認した方がいいのではないかと思うんだ。唾液提供をその30分の間にさせなくてはいけないことになるな」
「そうか。それでは、こちらの言いたいことを要約しておいたほうがいいな。お前も面談に参加するか?」
「勿論、そうさせてくれ。藤沢さんにも連絡してみるよ。彼もきっと北川には会いたいだろうから」
「よし。それでは藤沢さんへの連絡はお前に頼む。9時に東京駅の八重州口にある、喫茶『マシュマロ』で会おう」
「分かった。じゃあ、明日」
電話が切れた後、正雄はすぐに藤沢に連絡をした。藤沢は年休を取って、北川との面談に参加すると言った。
「いよいよ、明日、赤ん坊すり替え事件の被害者全員が顔を合わせるんだ」
そう思うと、正雄は心が高ぶって、その晩なかなか寝付けなかった。
 正雄は翌朝早く目が覚めた。だから7時半には電車に乗って、東京駅に向かった。ラッシュアワーの電車に乗るのは、何十年ぶりだろう。無理やり乗客の体の隙間に割込んでいって棒立ちになり電車に揺られて30分。それからみんなに押されるように乗り換えのホームで降り、乗り換えの電車に乗り、またまた足の踏み場もないような車両に人を押しのけて乗った。その電車ではドアの窓に顔を押しつけられ、身動きもならず、窒息するのではないかと言う恐怖に襲われた。やっとの思いで東京駅にたどり着いた時には、クッタクタだった。これを毎日経験している東京のサラリーマンに敬意を表したくなった。メルボルンの電車も結構混んでいるが、東京の電車に比べると、まだましだった。
 目的の喫茶店に着いた時には、すでに五十嵐も藤沢も先に来ていた。時間は8時45分。約束の時間まで15分ある。
「どうやって、面談をとりつけたんだ?北川には、どこまで話したんだ?」
「ただ、北川さんのご両親について、耳に入れておきたいことがあるとだけ言った。それ以上のことは、聞かれても言わなかった。ただ、二人に言っておきたいことがある。病院側からの賠償金を受け取る条件として、マスコミに情報を流さないと言うことがあったが、北川が有名人なので、この約束を果たすのは極めて難しくなった。ということは、病院側から賠償金がもらえない可能性もある」
「仕方ないな。結局今までかかった経費と言うのは、お前への報酬だけだろ?」
「そうだな。百万円はもらうつもりだけれどね」
「百万円を三人で払うと、34万円くらいだろ。藤沢さんはどう思われます?」
「34万円くらいなら、私でもなんとかなりそうです」
「それじゃあ、マスコミにもれても構わないと言うことでいいか?」
「一つだけ心配なのは、うちの家族はマスコミに騒がれるのは迷惑だと思っているようなんだ。だから、親のことは出さないと言うことはできないだろうか?」
「僕も、母が世間に騒がれるのを好まないと思うんです。だからマスコミに流すにしても、最小限に抑えておいてもらいたいです。お願いします」と藤沢は頭を下げた。その藤沢の様子を見て、藤沢の母に対する思いを感じて、正雄はジーンときた。
 そう話しているうちに、喫茶店のドアが開いて、先日テレビで見た北川の顔が見え、喫茶店の中をキョロキョロと見まわした。すぐに五十嵐が立ち上がって、北川に近づき、
「北川哲夫さんですね。お待ちしていました。こちらへどうぞ」と正雄と藤沢が座っている席に案内した。
 正雄も藤沢も立ち上がって、北川を迎えると、五十嵐が
「こちらは、坂口正雄さん、こちらが藤沢聡さん」と、二人を紹介した。
北川は、五十嵐だけと会うつもりだったのに、二人も付き添いがいたのに驚いたようで、席に着くなり、
「お話って、何ですか?」と、聞いた。
「時間がないので、単刀直入に言わせてもらいます。あなたは、1970年3月27日、東京のXXX病院でお生まれになったんですよね」
「え、どうしてそんなことを知っているんですか?」
「実は、ここにいる坂口さんも藤沢さんも1970年3月27日、東京のXXX病院で生まれたんですよ」
「へえ、そうなんですか?」
北川は、まだ五十嵐が言いたいことが解せなかったようだ。
「実は、その時、3人は間違った親に渡されたんですよ」
「え、じゃあ、僕の両親は実の親ではないと言う意味ですか?」
「そうです。今のところ分かっているのは、藤沢さんの育ての親は、実は坂口さんの実の親だったことです。藤沢さんのDNAは坂口さんの両親のDNAと合わなくて、第三者の存在が疑われて、病院側に詰問したところ、あなたの存在が浮かび上がった訳です」
「待ってください。頭が混乱してきました。つまり、僕の両親の実の子は実藤沢さんで、僕の実の両親は坂口さんの両親だと言うわけですか?」
「そうです」
北川は事の次第を受け止めるのに時間を要した。が、次に出た北川の言葉は三人を驚かせた。
「事情は分かりましたが、だからって僕にどうして欲しいんですか?今更実の子だとか実の親とか名乗り合って、どんな意味があるんですか?まさか、実の親が生活に困っているから、金が欲しいって言うんじゃないでしょうね」
これを聞いた途端、正雄はかあっと頭に血が上った。自分の愛する家族が金目当てに北川に近づいたと思われただけで、侮辱されたという憤りが沸き上がった。
「僕の両親は、そんな人達じゃあありませんよ」語気を強くして言った。
「そうなんですか」と北川は冷ややかだった。
藤沢は見かねたように、
「僕は間違って手渡されたために、育ての母親は苦難の道を強いられました。僕は自分の実の親がどんな人か知りたいとずうっと思っていました。北川さんの育ての親って、どんな人達なんですか。教えてください。北川さんは自分の実の親に興味がないようだけれど、僕は会いたいんです。会わせてください」
と目を潤ませて、北川に迫った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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