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人探し(28)

 君枝と聡を駅へ送っていく道中、正雄は
「一度、聡さんと二人でオーストラリアに遊びに来てください。色々案内しますよ」と君枝に言うと、
「海外旅行をするなんて夢の夢です。坂口さんの方が頻繁に戻ってきてください」と聡は答えた。
「そうだね。よく考えれば、国内旅行だってしたことがないわね」と君枝が言うので、正雄は
「じゃあ、今度僕が日本に帰った時、三人で温泉でも行きませんか。国内旅行だったら、僕が旅費を払えるし、プレゼントしますよ」
そう言うと、君枝は嬉しそうに、
「まあ、じゃあ、楽しみにしていますね」と言った。
「じゃあ、聡さんに行き先なのは考えておいてもらいましょうか。お願いできますか」
「ええ、いいですよ」と、聡が言うので、
「聡さんも早く実のご両親と会うことができればいいですね」と、正雄は言った。
二人を駅で見送って帰る道々、正雄は、君枝に対して懐かしいような切ないような気持になった。これも血のつながりのせいだろうと思ったが、父親に対して同じような気持ちを持てるかどうか、自信はなかった。
 その晩、藤沢から正雄の実の父親の住所を教えてもらった。連絡をして、どこかで待ち合わせをしようかと思ったが、抜き打ちで、家まで押し掛けることにした。
 正雄は早速翌日の夕方、もらった住所を片手に、グーグルで家の所在地を確かめながら一人ででかけた。そこは、6階建てのマンションの3階だった。
 時計を見ると午後8時になっていた。たいていの家が夕食を終えている時間だ。藤沢功が家にいることを念じながら、呼び鈴を押した。
 ドアが開いて、中年の女性が出てきて、初めて見る正雄を見て、けげんそうな顔をした。
「夜分、すみません。藤沢功さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「はあ、いますけれど、どなた様でしょうか?」
「僕、坂口正雄と言いますが、藤沢君枝さんのことで、お話したいことがあるのですが」と言うと、その女性は、すぐに奥に引っ込んで、中年の男を連れて来た。その男を一目見て、正雄は自分の父親だと分かった。四角い顔に太い眉。その男の顔は、余りにも正雄に似ていた。その男も正雄の顔を見てはっとしたようだ。
 いつまでも玄関先で突っ立って話もできないと思ったらしく、功は「外で話しませんか?」と正雄を外に誘い出した。やはり現在の妻の前で、前妻のことを話すのは、ためらわれたようだ。功の今の妻らしき人物は、功の「ちょっと、出かけて来る」という言葉に、無言で頷いた。きっと二人の緊張した雰囲気に、ただならぬものを感じたせいだろう。
 「晩御飯は食べましたか?この近くにおいしい寿司屋があるんですが」と言うので、正雄は
「静かに話せる所ならどこでもいいですよ。僕は晩御飯を食べてきましたから、おなかはすいていませんけど」と言うと、
「じゃあ、この近くにある喫茶店に行きましょう」と先に立ってドンドン進んでいった。正雄は彼の後を無言でついて行った。
 喫茶店でコーヒーを注文した後、正雄は聞いた。
「どうして、僕が来たか分かりますか?」
「うん。君は、もしかして、僕の息子なんだろうか」と苦し気に聞いた。
「そうです。藤沢聡さんから、あなたがどうして君枝さんと離婚したか聞きました。聡さんが実子でないと分かったからだと聞きました。そして、君枝さんは不貞を働いたと、あなたに勘違いされて、離婚されたのだとも聞きました」
「そうだ。けれど、一体どうなっているんだ。お前は今までどこにいたんだ」
「君枝さんが不貞を働いたと思う前に、どうして病院の手違いだと思わなかったのですか。そうですよ。僕は病院で間違えて坂口夫妻に渡されて、坂口夫妻の子供として育てられたんですよ。どうしてお母さんを信じてあげることができなかったんですか」
話しているうちに興奮して来て、正雄は自分の実の父親をなじっていた。
「病院の間違い?そんなこと考えられない。XXX病院は有名な病院なんだぞ」
「有名な病院であろうと、間違いをするときは間違いをするんです。自分の妻より病院の言うことを信じるなんて、僕は呆れてしまいました」
「それでも、病院側は間違いを認めなかったぞ」
「僕と聡さんはDNA鑑定をしてもらって、その結果を病院に突き付けて、病院の非を認めさせましたよ」
「DNA鑑定?確かに今ではそんなことで親子鑑定ができるが、40年前には、そんな鑑定なんて考えられもしなかった」
「でも、君枝さんを信じなかったのは、あんたが悪いんだ。あんたが君枝さんを信じなかったばかりに、聡さんも君枝さんも貧しくて苦しい人生を送ったんです。一度君枝さんに会って、謝ってください」
 いつの間にか功のことを「あんた」と呼んでいることに正雄は気が付かなかった。
功はうなだれたまま、しばらく黙っていた。そして小さな声で、
「確かに、俺が悪かった。お前がもう少し早く名乗り出てくれていれば、離婚することもなかっただろう。お前は、どうしていたんだ」
「僕は、あんたと違って、思いやりのある両親に育てられ、メルボルンの大学まで留学させてもらったんですよ。幸いにも僕の血液型と坂口夫妻の血液型には矛盾がなかったから、坂口夫妻は気づかなかったんです」
「そうか。お前は幸せな人生を送っているようだな。良かったな。で、お前と聡を交換することになったのか」
功は揶揄するように言った。
「交換?聡さんにしても僕にしても、育ての親との絆はそんなに簡単に断ち切れるものではありませんよ」
正雄は、もう一人間違われた赤ん坊がいることを説明するのが面倒くさくなって、北川の存在は黙っておくことにした。
「で、今更俺にどうして欲しいんだ?金が欲しいのか?」
「馬鹿にしないでください。これでも僕はオーストラリアで会計士として、ちゃんと生活をしていますから、金目当てと思われるのは心外だ」
血のつながりよりも金のことを気にする人物がここにもいたと思うと、正雄はうんざりした。
「ともかく、君枝さんに会って、謝罪してください。僕の望みはそれだけです。もう言うことはありませんから、失礼します」と言うなり、正雄はさっさと席を立って出て行った。あんな奴が実の父親だったなんて思うと、腹立たしさの方が先に立って、店を出た後になって、伝票はそのままだったのを思い出した。しかし、コーヒー代くらい親なら出して当たり前だろうと思い直した。
「あの男、君枝さんに謝罪してくれるだろうか」と、そのことの方が気になった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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