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人探し(最終回)

一瞬緊張した面持ちになった藤沢が、
「ここで開けてみてもいいですか?」と正雄と五十嵐の顔を交互に見ながら聞いた。
「勿論。どうぞ」と五十嵐が言うと、藤沢は報告書に目をやった。
読んでいくうちに、藤沢の顔がこわばっていった。そして、書類を膝に置くと、
「死んでいたんですね。僕の実の親は」とかすれた声で言った。
「藤沢さん、実の親御さんに会えなくて、無念でしたね」と五十嵐が憐れむように言った。
「結局、僕は親には縁がない人間のようです。北川哲夫には兄弟はいなかったのですか?」五十嵐は首を横に振って、
「あなたの下に妹さんがいたらしいのですが、乳幼児突然死症候群で、生後3か月で亡くなっています」と答えた。
「そうですか。あの後五十嵐さんは北川哲夫に接触を図ったのですか?」
「いえ。北川哲夫がその気になれば、坂口家を訪れるでしょう。一応坂口家の連絡先を渡しておきましたから」
「これで、一応三人の足取りは取れたんだよね。なんだか、すっきりしないけど」と、正雄は力なく言った。
「僕は北川から両親の墓を聞いて、墓参りでもします。そしてできれば両親を知る人達から両親の話を聞いてみたいと思っています。幸いにも探偵がそこまで突き止めてくれているので」
「そうですね。そうされるといいですよ」
「じゃあ、お世話になりました」と藤沢は頭を下げた。
正雄は、帰りの駅まで藤沢と一緒だった。
「実はね、もらったお金で、君枝さんをメルボルンに1か月でも来てもらって、町の案内でもしたいと思うんだけれど、どう思う?」
「きっと、お袋、喜びますよ。でも、一人でメルボルンに来れるかどうか心もとないけど」
「藤沢さんも君枝さんの付き添いとして一緒に来られたらどうですか?」
「海外旅行なんてしたことがないのですが、本当のことを言うと、きれいな女性と一緒なら嬉しいんですが、お袋と一緒だとね」とちょっと顔をしかめた。
「それはそれで、またその次にすればいいじゃないですか」
「そうですね。それじゃあ、二人で親孝行をすることにしますか」と、藤沢は白い歯を見せて笑った。正雄は藤沢の笑顔を初めて見た。やっと、彼の心の中で、決着がついたのだと、感じた。
 正雄は北川哲夫を坂口家の人々に紹介できなかったのが、心残りだったが、休暇の切れる15日に予定通り、成田を飛び立った。
 この休暇では一仕事をした疲労感が残った。帰りの飛行機の中で、正雄はしきりに血のつながりとは何なのかを考えた。日本では血のつながりを至上最高のものとする傾向があり、血のつながりのある家族が一つ屋根のもとで暮らすと言うのが常識になっている。しかしオーストラリアでは離婚が多いため、血のつながりのない家族が一緒に住んでいると言うのはざらである。現に正雄の会社の同僚には、子持ちで子持ちの女性と再婚した男がいる。結婚して1年後には再婚相手の女性との間に子供ができた。彼は三人の子持ちになったわけだが、その3人の子供達は、同じ両親をもっていない子供達である。それでも、仲良く暮らしている。オーストラリアと言う国では、個人主義が進んでいるせいか、血縁関係を日本ほど気にしないように思える。育ての親と、生みの親。正雄は両方もてたことは、かえって幸運なことだったのかもしれないと思うようになった。
 藤沢に会って1年の月日が流れた。この1年の間にもいろんなことがあった。一番の出来事は北川哲夫が若いのにも関わらず脳梗塞にかかって、テレビのスクリーンから消えてしまったことだろう。北川のことにそれほど関心を持っていなかったように見えた峰子と史郎だが、やはり、実の両親としてほっておけなくなったようだ。身内が誰もいなくなった北川のことを案じて、自分たちから連絡を取ったと言うことを、あとで千尋から聞いた。千尋の話では、最初ふてくされていた北川だったが、坂口夫妻に毎日説得されてやっと心を開き、リハビリの間、坂口家で面倒を見てもらったそうだ。週に一回はメールのやり取りをしているのにも関わらず、峰子は哲夫に関しては何も言わなかったのが、少々正雄の神経を逆撫ぜした。きっと、自分の事を気遣って何も言わなかったのだろうと思い直した。今では、北川はまたお笑い芸人として再起して、坂口家から出て行ったと言うことだ。
 1年後、正雄はやっと君枝と藤沢をメルボルンに招待することができた。メルボルン空港で君枝たちの乗った飛行機が着陸するのを待ちながら、ワクワクした気持ちになった。そして、君枝に初めて会った時の、懐かしいような、暖かい気持がよみがえってきた。



著作権所有者:久保田満里子
 





 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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