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墓巡り(5)

翌日児童相談所の人が僕を迎えに来てくれて、いったん自分の家に帰った。相談所の人は人のよさそうな50代くらいのおばさんだった。
「これから、しばらく孤児院に入ることになるから、お家にある物で、孤児院に持って行きたいものがあったら、整理して」と言われた。僕は自分の持って行きたいものなんて何もないことに気づいた。下着類や衣服はもう古くて捨ててもよいくらいのものだったが、何もないのは困ると思い、すこしばかりバッグにつっこんだ。バッグは二袋にしかならなかった。「お父さんの遺体はいつ戻って来るんですか?」と聞いたが、相談所の人は「検死した後戻されるから、2週間はかかりそうね」と言った。ぼんやり、お父さんのお葬式をしなくっちゃいけないんだろうなと思ったが、どうしていいか分からないので、児童相談所の人に任せることにした。
 それから児童相談所の人に連れられて孤児院に行った。孤児院に入ったなんて言うと、皆「かわいそうに」って言うけれど、僕は何だか解放されたような気がした。ダメおやじとも、学校のいじめっ子たちとおさらばできたのだから。でも、ハッピーだったかと言うと、ハッピーとも言えなかったな。孤児院には心の傷をおった子供達ばかりだったから、問題児も多かった。いつも人に喧嘩を吹っかけて、けがをさせる暴力志向のデミアン。いつも何か聞かれても、上目遣いに人を見るだけで何も答えないくら~い感じのワレン。10代でドラッグをやっていたというジャック。いつもはおとなしいのに急に怒りを爆発させるジョージ。僕も含めて皆自分の世界に閉じこもって、その殻からなかなか抜け出せないでいる子ばかりだった。だから、なかなか友達なんてできなかった。でも、友達ができないなんて、慣れっこになっていたから、そんなことはあまり苦にはならなかった。そんな中で、チャールズと言う子と時々口を聞くようになった。
 チャールズは僕より2歳年下で、小柄なおとなしい子だったが、絵を描くのが抜群にうまかった。チャールズの描いたカーニバルの絵は、色彩も豊かで、何よりも描かれている人物が皆笑顔だった。
「君って、絵がうまいね」と言うと、はにかんだように僕を見た。
僕も絵を無性にかいてみたくなった。
「僕にも絵を教えてくれよ」と言うと、戸惑ったような顔をした。そんなことを言われたのは初めてだったのだろう。
黙ってうつむいているチャールズにせっついた。
「ねえ、教えてくれよ」
「教えるって言ったって、僕は好きなように絵を描いているわけだから、教えるなんてできないよ」
「それもそうだね。じゃあ、僕が描いた絵のアドバイスくらいならできるだろ」
そう言うと、それから僕は暇な時があると夢中で絵を描くようになった。絵の中だけでも明るい気持ちでいたかった僕の絵は、赤や青の原色を使った抽象画だった。いつかテレビで象が色んなブラシを鼻につかんで、キャンバスに色を塗りつけて絵を描いているのを見たことがあるが、僕の絵も、その象の描いた絵とたいして変わらない絵だったが、僕は夢中になって絵を描いている時間は至福の時だった。
この孤児院にいた間、父親の遺灰が届けられた。あんなに怖かったパパが、こんな瓶に入れられてしまったなんてと思うと、むなしい気持ちがした。パパのお墓なんて作るお金もなかったから、パパの遺灰は児童相談所の人に海に連れて行ってもらい、海に灰を流した。「さようなら、パパ」とパパと最後のお別れをした。でも、全然悲しいと言う気持ちにはならなかった。もともとパパに愛されたと言う記憶がないし、パパとの思い出なんて楽しいことは一つもなかったのだから。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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