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墓巡り(最終回)

 僕が怖がっているのを知って、その女の人の声は悲しそうに言った。
「私のことを忘れてしまったの?でも、無理はないわね。あなたが小さい時に別れてしまったから。私はあなたのママよ」
「僕のママ?僕のママは僕が小さい時、僕を置いて家を出て行ってしまったんだよ。今更僕のママだなんて言われても、信じられないよ」
「あなたはパパからママはあなたを捨てて家を出たって聞いたのかもしれないけれど、違うのよ。私がこうじちゃんを捨てるわけないじゃない」
「じゃあ、どうして、僕の前から姿を消したの?」
「それはね…」言いにくそうにその女の人の言葉は一瞬とまった。そして勇気を奮い起こす様に続けた。
「ママはね、パパに殺されたのよ。そして、山の中に捨てられてしまったの」
「そんな、どうして?」
「パパとママはあの日、大喧嘩をしたの。パパはそれまで色んな商売に手を出して失敗をして、我が家の経済は底をついていたの。それなのに、パパはまた新しい商売をしたいからと言って、ママがおじいちゃんに買ってもらった家を抵当にしてお金を借りようとしたの。ママは必死になって反対をしたので、最後には『うるさい』と言って、パパに殴られてしまったわ。ママも必死に抵抗したけれど、男の力には女の力は勝てなかった。蹴とばされて倒れた時に頭をテーブルの角で強く打ってしまったの。私が動かなくなったので、パパは恐る恐る私の脈を計ってみて、私が死んだことに気づいたの。だから慌てて自分の車のトランクに私の死体を入れて、遠い山中に行って、私を捨てたのよ」
「僕、そんなことちっとも気づかなかったけれど、僕はその時どこにいたんだろう?」
「あなたは小学校に行って家にはいなかったのよ」
「そう言えば、いつもならママが迎えに来てくれるのに、ママがなかなか来てくれないので、僕一人だけになって、心細い思いをしたことがあるのを覚えているよ。だったら、あの日にママは死んでしまったの?」
「そうよ」
「僕はママが僕を捨てて家を出て行ったってパパから聞いていたよ。でも、違っていたんだね」
僕は、むらむらとパパに対する怒りがこみ上げて来るのを禁じえなかった。
「ママがいなくなってから、僕の面倒を見てくれる人がいなくなって、僕は浮浪児って呼ばれていじめられたんだよ。僕はパパの言うことを信じていたから、ママをいつも恨んでいたよ」
「そう。ごめんね。こうじちゃんのことを見守ってあげられなくて」
「でも、どうしてママはここに埋められたの?」
「ママが白骨死体になった頃、ママが埋められていた山が切り開かれることになって、その工事中に発見されたのよ。でも、身元が分からなかったから無縁仏としてここに埋められたの」
「そうだったの。ママも知っていると思うけど、パパも死んじゃったよ」
「知っているわ。パパは死んでから、あなたの面倒を見なかったことを悔やんでいたわ」
「死んでからじゃ、遅いよ」
「そうね。でも、今あなたは親切な人に育てられることになって、ママ安心したわ」
ママがそう言うと、遠くでスージーが僕を呼ぶ声が聞こえた。
「僕、もう行かなくっちゃ。また来るね」
「ええ、ママはここにいるからいつでも来てね」
「じゃあ、バイバイ」と言いながら、スージーのもとに行った。
「墓場で何をしていたの?」とスージーが聞くので、
「死んだ人と話していたの」と正直に答えた。
「死んだ人と話ができるの?変な子ね」とスージーは言ったが、僕の言った意味がスージーには分からなかったようだ。
 今まで自分はママから見捨てられた哀れな子供だと思っていたけれど、そうじゃなかった。パパがママを殺したなんてショックだけれど、パパがお酒におぼれたのは、ママを殺した罪悪感を消そうとしたためだと思うと何とかパパの気持ちが理解できた。
 僕はそれまで過去に引きずられた人生を送っていた。けれど、これから新しい一歩を踏み出せそうな気がした。
 それからも僕は寂しくなるとママのお墓に行った。そして、時おりほかの墓場巡りもして死者の言葉に耳を傾けた。
 僕が墓巡りをする理由をおわかりいただけただろうか。
もしかしたら、あなたにも死者の声が聞こえてくる日が来るかもしれない。



著作権所有者:久保田満里子



 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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