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キラーウイルス(4)

 翌朝、あやこの仏頂面を見て嫌な気分になったが、そんな思いは、対策本部に着くと吹っ飛んでしまった。新たな感染者数の報告。死亡者数の報告。明日はまた閣僚と合同での対策会議が開かれるので、その資料も準備しなければいけない。世界中の感染者数と死者の報告もどんどん入っている。医療現場からは感染防止のためのマスクや消毒液が不足していると言う報告もある。マスクや消毒液などはX国の方が安いと言うので、今までほとんどX国からの輸入に頼っていたため、国内でマスクを作っているところや消毒液を生産しているところは少ない。政府は今までほかの製品を作っていた工場でマスクや消毒液を生産するところは、設備投資のための資金の補助をすることにしたが、すぐに国内製品が出回ると言う訳にはいかない。そうする間にも、重症患者が増えた場合の病院のベッド数がほとんどなくなっていると報告が来る。やむ負えず、軽症の人や無症状の人には自宅隔離あるいはホテルに泊まってもらって隔離することを提案することを報告資料に入れる。今世界中が都市封鎖に踏み切っていて、主要国で都市封鎖をしないのは、Y国くらいのものになっている。現在の国境封鎖や学校封鎖以外にも人の動きを制限するための対策が論じられることになっている。その提言のための資料をまとめていると、一日があっと言う間に過ぎて行った。
 夜遅く帰宅すると、あやこが待っていましたとばかり、
「お義母さん、陽性だったんだって。それで、今病院に運ばれて、隔離されたと連絡があったわ」と、報告した。
山中の顔色はそれでなくても最近は青白くなってすぐれなかったが、頭痛の種が一つ増えて、一層暗くなった。
「そうか。お母さんの具合は、どうなんだ?」
「熱が出て、咳き込んでいるそうだけれど、ほかの入居者で感染した人と比べれば、症状は重くないって。様子を見に行こうにも、隔離病棟にいて面会謝絶なのよ」
それを聞いて山中は動揺したが、今ならまだ病院で治療対象の年齢制限がないので、早い時期に感染したのはかえって良かったのかもしれないと心の中で思ったが、勿論このことは、あやこには言わなかった。
 母親が入院して2週間後、あやこから母親は幸いにも症状が改善して老人ホームに戻ることができたと報告を受けた時は、山中はほっとした。早速母親に電話してみた。母親は思ったより元気そうな声で、「あんたも大変だねえ。私の方は大丈夫だから、仕事を頑張りなさいね。でもくれぐれも体に気をつけて。疲れすぎると免疫力も落ちて、感染しやすいんだから」と、励ますつもりで電話をしたのに、反対に励まされてしまった。電話を切った後「おふくろらしいな」と、苦笑いをした。
 政府の政策も余り効果がなく、感染者と死亡者の数はうなぎのぼりで増加して、ついに感染者1万人を突破してしまった。

この物語はフィクションです。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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