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キラーウイルス(5)

翌日の会議で、山中たちの感染症対策本部の勧告がやっと政府に受け入れられ、各自自宅からの不要不急の外出禁止と言う厳しい命令が政府から出された。不要の外出をした場合は10万円の罰金まで科すことにした。ある国では死刑、あるいは350万円の罰金を科すところに比べれば、10万円の罰金は、それほど厳しい罰則ではない。そして、外出禁止と同時に、それまで極秘にされていた政策が発表された。
「感染者数が増え、医療機関が対処できないため、これからの病院で受け付けるのは重症患者で、75歳以下の感染者と制限します。軽症の者、あるいは75歳以上の感染者は自宅で隔離して治療にあたってもらいたい。75歳以下の年齢制限を課せるのは政府にとっても、医療崩壊を起こさないための苦渋の決断であることを国民の皆様に理解していただきたい」
 悲壮な総理の訴えが終わると、SNSが民間の間に飛び回った。勿論政府を責める意見が圧倒的に多かった。
「今まで社会に貢献していた年寄りを見捨てる気か」とは、81歳の男性からのSNS。
「75歳と言うのは、まだまだ社会貢献ができる可能性のある人も多い。どうしても年齢制限をするなら80歳からにしてほしい」と78歳の女性からのSNS。しかし、中には賛同するメッセージもあった。
「我が国は高齢社会になって老人福祉のために多大な国家予算を使っている。今高齢者の数を減らすには絶好のチャンスである」と10代の若者のメッセージがあった。賛同する人の中には、「こんな状況では仕方ないですね」と年齢制限の対象になっている人からのSNSもあり、山中を驚かせた。
 山中は、心の中で、昔読んだ「楢山節考」と言う小説を思い出した。老いた親を背負って山に捨てて来ると言う風習が昔日本にあったらしい。でもそれは、皆食べるのに精いっぱいと言う貧しい時代のことだった。それが、豊かになったY国で起きていると言うのが、山中には現実感がなかった。そんな思いに浸っていた時、本部に詰めていた山中にあやこから電話があった。
「今、老人ホームからお義母さんが、また感染したという連絡があったわ」
「え、一度かかって治ったのなら免疫もできているだろうから、再度感染するなんて、そんな馬鹿なことがあるか」と言った途端、同僚から、聞いたことを思い出した。
「今度のウイルスは。まだ分からないことだらけだ。先日一度感染して治った人が再度感染したと言うケースも報告されている」
 76歳の母親は、もう病院での治療の対象にはならない。山中はそれを思うと胸がつぶれそうだった。でも、一度は回復しているのだから、前よりは免疫力ができているはず。そう思うことで不安な気持ちを封じた。病床が不足しているため、山中の母親はそのまま老人ホームで隔離されることになった。


この物語はフィクションです。
著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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