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船旅(12)

ニールは、「リーさんですか?」と聞くと、相手の男が頷くのを見ると、すぐに、英語で書いてあるメモを見せた。
「オーストラリアから来ました。黙って部屋に入れてください」と言うと、すばやくあたりを見回して、誰も見ているものがいないのを確認した後、ドアから部屋に滑り込んだ。
 その男は、おびえた様子でニールを見つめた。するとすぐに、ニールは口に手を当てて黙っているように指示した。そして、部屋の中の隅々を何か探し始めた。そしてテレビの裏にあるコンセントに差し込まれた小さい黒い箱のような物をコンセントから引き抜いて、リーに見せて言った。
「盗聴器ですよ」
驚いたリーは、「アマンダとの会話が盗聴されていたんですね」と言うと、顔から血の気が引いていった。
「アマンダは、接触してきたんですね?」
「そうです」
「アマンダは、なんて言っていましたか?」
「実は、昨夜アマンダに会うことになっていたので、リュックサックに最小限度の旅に必要な物を入れて、家を出たのですが、尾行されているのに気づいて、そのことをアマンダさんに携帯で連絡したら、尾行をまくように言われました。だから、彼女に言われたように、デパートに入って、エレベーターで何度も上下して、尾行の姿が見えなくなったのを確認して、最後は歩いて階段を下りて、待合場所に行ったんです。そしたら、アマンダさんの姿が見えなくて、川べりを歩いて探し回ったら、女の水死体が、水面に浮かんでいるのが見えたのです。アマンダさんに会ったことはないし、顔はうつぶせになっていて見えなかったけれど、髪の毛が金髪だったので、アマンダさんだと直感しました。すると、恐怖で背骨がぞくぞくし始めて、その場を逃げ出して、また家に戻ったのです。昨夜からアマンダさんの水死体が目にチラついて、一睡もできないでいたんです」
リーは、昨日の晩は、恐怖で、ベットに潜り込んで、震えていたと言う。
「僕のために人が死んだなんて、信じられないんです。僕がそれほど、中国政府にとって重要人物とは思えないし。どういった状況でアマンダさんがなくなったのか分かりませんが、きっと今日は何らかの口実をつけて、香港の公安に逮捕されるのではないかと、今朝から冷や冷やしていたんです」
険しい顔をしてリーの話を聞いたニールは、リーの話が終わると言った。
「これから、僕がアマンダの代わりを務めます。リーさんのオーストラリアのパスポートが没収されたと聞いたので、新しく作ったオーストラリアのパスポートを持って来ました。これをもって、プリンセス号に乗船してください。船長には話をつけていますから、キッチンの手伝いをする従業員として、日本に着くまで働いてください。キッチンだと船客と触れ合う機会も少なく、安全だと思ったから、そうするように手筈しました。もっとも船長には、あなたの本当の正体は言っていませんから、偽名を通してください。このパスポートにもあるように、あなたの名前は、リチャード・タンですから、注意してください。職業を聞かれたら、美容師だとでも言っておいてください。美容師は今はオーストラリアでは人手不足の仕事で永住権が取りやすい職業になっていますからね。日本に着いたら下船して、成田空港に直行し、オーストラリア行の飛行機に乗っていただきます。これが、日本からオーストラリアへ行く、航空券です」と言って、オーストラリアのパスポートとカンタスの航空券、そして日本国内の交通費として10万円を手渡した。緊張した面持ちのリーは、黙ってニールの手渡す物を受け取った。

この物語はフィクションです。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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