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船旅(21)

ニールも光江と同じようにミーガンが公安の回し者かもしれないと思ったらしく、ミーガンに聞いた。
「どんなお仕事をしていらっしゃるんですか」と、ニールはまるで身上調査をする探偵のような質問をした。
「大学で歴史を教えているんですよ」
「へえ、歴史が専門なんですか」
「そうです。8世紀から16世紀のころの日中関係が、専門です」
「8世紀と言えば、奈良時代から平安時代にかけての歴史ですね」と光江が口をはさんだ。
「そうです。よくご存じですね」
光江は苦笑いしながら、答えた。
「歴史は苦手だったんですが、受験のために『奈良なくし』、つまり『なくしで』、794年奈良から平安に都が移った年号を覚えましたから、それくらいは覚えているんですよ」
ミーガンは驚いたような顔をして、
「日本人て、そんな風に歴史的に大切な年を覚えるんですか?」と感心したように言った。
「ええ、鎌倉幕府は1192年、『いいくに』作ろうと思ってできたなんてね」
光江はついつい得意になって言ったが、今度はリンダが感心して、
「なるほど。そんなふうにして覚えたら、忘れないわね」と言った。
その後もミーガンを中心に会話がすすみ、和気あいあいと夕食を終えた。
自分たちの部屋に戻ると、光江は、すぐにニールに聞いた。
「ねえ、あのミーガンって女性。まさか中国の警察の回し者ではないでしょうね」
「そうかもしれないな。だが、もしも回し者なら、あんなに堂々と真正面から接触してはこないだろう」
「スパイ専門のあなたの言うことなら、そうかもしれない。でも、なんだか、得体のしれない人ね」と光江は、自分の感想を述べた。
 一旦船は香港を離れたが、日本に着くまでは油断がならない。
 香港を離れると、段々寒さが増してきた。船室にとどまっている間は暖房が利いてるので寒さは感じないが、甲板には冷たい風が吹きまくり、外に出ることもなくなった。
 食事の時のメンバーは、決まってしまった。最初に知り合った、リンダとアンドルー、それにナターシャとマイク。それにミーガンと、ニールと光江の7人が夕食のテーブルを囲む。日本も近づいてきたので、皆が光江から日本の情報を仕入れようとするので、光江は食事の席で話すことが多くなった。その間、ミーガンには不審な点はみられなかった。
 香港を出てから3日目、あと2日で日本に着く日、光江は夕食を食べながら、あちらこちらで咳をする人が多くなったのに気が付いた。食事の後、自分たちの船室に戻ると光江は言った。
「やはり、寒くなって来ると風邪を引く人も多くなってきたわね。私達も気をつけなくちゃ」
その光江の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ニールが咳き込んだので、光江は苦笑いしてしまった。
「あなたまで、風邪を引いてしまったの?念のため風邪薬を持ってきたから、飲んだ方がいいわね」と言って、ニールに渡した。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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